目覚め

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 周囲が次第に明るくなっていき、間もなく朝を迎えようとした頃、シオンはようやく母の姿を見つけた。母は水面の真下におり、シオンの存在には気づいていないのか、頭上から降り注ぐ光を魅入られたように見つめている。柔らかく広がる薄い金色の髪に、濃紺の鱗と水色の鰭を持った母の姿は見慣れているもののはずなのに、光に包まれているせいで別の誰かのように見えた。 『お母さん!』  シオンが声をかけた。そこでようやく娘の存在に気づいたのか、母が驚いた顔でちらを振り返った。  シオンはそこで、母が胸に小瓶らしきものを抱えていることに気づいた。透明な瓶に入った赤い液体は血のように不気味で、シオンは急に胸騒ぎを覚えた。 『お母さん……ねぇ、どこに行くの?』  シオンは母に問いかけた。母は何も言わず、微睡むような目をしてシオンを見つめていたが、やがてふっと微笑んだ。 『シオン、お母さんはね……。これから人間に会いに行くのよ』 『人間に?』 『そう、いつも話しているでしょう? 大丈夫、すぐに戻ってくるから、あなたはここで待ってなさい。』  母はそれだけ言うと光の方に視線を移し、さっと身を翻してその中へと消えていった。 『待って!お母さん!』  シオンは夢中で母を追いかけようとした。自分も光の中へ入ろうと、短い鰭を揺らして必死に泳ごうとする。だが、どれだけ泳いでも一向に光には届かず、むしろ泳げば泳ぐほど遠ざかっていくようだった。 『お母さん! お母さん!』  シオンは泣きながら光に向かって手を伸ばした。だけど、どれだけ懸命に手を届かせようとしても、あの懐かしい濃紺の鱗に触れることはできなかった。
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