自分の足で

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自分の足で

 その時、きい、という音が前方から聞こえ、シオンはそちらを振り返った。見ると、全身を黒い布で包んだ〈人間〉が立っていた。  口元に豊かな白い髭を生やしたその〈人間〉は、眠っているように細い目をしており、温厚そうな顔をシオンの方に向けている。背筋のすっと伸びた細長い姿は、時折海底に流れ着く流木を思わせる。目の片側には丸いレンズのようなものがはめられ、細い金色の鎖で耳元につながれている。身につけている黒い布は〈足〉の後ろ側で先端が二つに分かれており、まるで海老の尻尾のようだった。 (これが……人間?)  シオンは目の前の〈人間〉の姿をまじまじと見つめた。海の世界では、男や老人といった概念は存在しない。薬をくれたあの魔女は老婆の姿をしていたが、それ以外でシオンが知っているのは、自分や母のような若い女の人魚だけだ。だけど人間の世界には、男や女、老人や子どもといった様々な種類の人間が存在するらしい。母から聞いた〈人間〉の分類を思い出しながら、白髪や髭といった特徴から、シオンはこの人間が〈男〉の〈老人〉だと判断した。
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