自分の足で

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「……お目覚めのようですな」  男が言った。とても柔らかく、聞く者に落ち着きを与える声だった。男はシオンの全身をさっと見渡すと、安心した顔で微笑んだ。 「どこにもお怪我はないようで幸いでございます。坊ちゃまも、あなた様のことを大層心配しておられましたので」 「ええと……私はどうしてここに?」  シオンは当惑しながら尋ねた。初めて目にする〈人間〉を前に、どんな会話をすればよいかわからなかった。 「あなた様は浜辺にお倒れになっていたのでございます」男が言った。「それを坊ちゃまが発見され、ここまでお連れになった次第でございまして。最初にあなた様のお姿を拝見した時は、いかがしたものかと思いましたが……奥様の服が残っていたのが幸いでございました」 「ふく?」 「ええ。そのワンピースは、ちょうど奥様があなた様ぐらいの年齢の頃、よくお召しになっていたものでございました。奥様は、ハイビスカスの花が大層お好きだったものですから……」  男がしみじみと言った。シオンは改めて自分の身体を見下ろした。話の流れから察するに、男は自分が身につけている布のことを言っているらしい。  そう言えば、人間は貝の代わりに、〈服〉というものを身につけて暮らしているのだと母が言っていた。どうやらこれがその〈服〉で、中でも〈わんぴーす〉というものであるらしい。そして、自分が海星だと思っていたのは、〈はいびすかす〉と言う〈はな〉のことらしい。聞きなれない言葉の数々を、シオンは頭の中でゆっくりと反芻した。
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