自分の足で

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「……体調の方は、まだ万全と言うわけにはいかないようですな」  ぼんやりとした様子のシオンを見て、男が細い目をさらに細めた。シオンは顔を上げると、小首を傾げながら尋ねた。 「あの、ところで、あなたは……?」  男ははっとした様子で微かに目を開いた。すぐに胸元に手を当て、腰を折ってお辞儀をする。 「これは失礼いたしました。私、この屋敷の執事をしております、鳩崎(はとざき)と申します」 「しつじ?」 「ええ、長年にわたって旦那様にお仕えし、この屋敷のことは全て任されております」  鳩崎が朗々とした声で言った。胸に手を当てたまま、すっと背筋を伸ばして立つその姿には、長年に渡って一族に仕えてきた者の矜持がはっきりと表れている。 「あの、さっき、〈ぼっちゃま〉が私をここに連れてきたって言ってましたけど、その〈ぼっちゃま〉というのは?」 「この高瀬川家のご子息、麗二様のことでございます。私がここに参りましたのも、あなたをお呼びするようにと、坊ちゃまからお申し付けがあったからでございまして」 「私を?」 「はい。坊ちゃまは慈悲深いお方でして、あなた様のことを大層心配しておられました。もしも体調に問題がないようでしたら、少しばかりご足労頂いてもよろしいでしょうか?」  シオンはぽかんとして鳩崎を見つめた。〈ごそくろう〉とは、いったい何のことを言っているのだろう。 「どうかされましたか?まだご気分がすぐれませんか?それとも、足のお加減が悪いのでしょうか?」  鳩崎が心配そうに尋ねてきた。〈足〉と言う単語を聞いて、シオンはまたしても母の言葉を思い出した。人魚が鰭を使って泳ぐように、人間は〈足〉を使って〈歩く〉ことで生活しているのだと母は言っていた。鳩崎の言う〈ごそくろう〉もおそらくは同じ意味だろう。つまり彼は、シオンに歩けと言っているのだ。
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