自分の足で

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 シオンは自分の〈足〉をじっと見つめた。まだ自分のものとは思えない、二本の棒のような物体。だけど人間の世界で暮らすためには、これを使って〈歩く〉ということをしなければならないのだ。  シオンは覚悟を決めてきゅっと口を結ぶと、薄い布の中からそっと〈足〉を抜き出し、身体の向きを変え、鳩崎がしているように、それらを恐る恐る地面につけてみた。 「わぁ……」  ひとたび〈足〉が地面に触れた途端、シオンの口から大きな感嘆の息が漏れた。シオンの〈足〉はごく小さなものなのに、触れた先から様々な温もりが伝わってきて、自分が大地の一部となり、昔からそこに根づいていたような感覚を抱かせた。シオンは目を瞑り、うっとりとして初めて味わう地上の感触に心を預けた。 「あの……大丈夫でしょうか?お加減が悪いのでしたら、どうぞご無理なさらずに……」  鳩崎が心配そうに声をかけてきた。シオンははっとして目を開けると、慌てて鳩崎の方を見上げた。 「あ……ごめんなさい。私は大丈夫です。すぐ行きますから……」  シオンはそう言うと、自分が腰掛けている台に手をつき、勢いよく身体を浮かせた。  だが次の瞬間、身体が突然ぐらりと揺れたかと思うと、地面が急速にシオンの眼前へ迫ってきた。 (――ぶつかる!) シオンは反射的に目を閉じたが、そこで顔が何か柔らかいものに触れた。その柔らかい何かが自分の身体を支えている。  シオンが怖々と目を開けると、眼前に黒い布が広がっているのが見えた。ゆっくりと顔を上げると、鳩崎の心配そうな瞳とぶつかった。 「お目覚めになってからまだ時間が経っておりません。どうか、あまり無理なさらぬよう……」  鳩崎はそう言うと、シオンの身体をそっと自分から離した。どうやら自分が地面にぶつかりそうになったのを、彼が助けてくれたらしい。 「いえ……あの、ごめんなさい。ありがとうございます」  シオンは困惑しながら応えた。いくら〈足〉が生えたとは言え、すぐに〈歩く〉ことまではできないようだ。
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