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戻れない場所
鳩崎に手を引かれ、シオンは〈坊ちゃま〉の元へ向かっていた。傍に鳩崎がいるとはいえ、自分がまた倒れることを想像すると恐ろしく、一歩一歩安全を確かめてからでないとシオンは先に進めなかった。そのため、歩みのペースは非常に鈍いものとなっていたが、それでもシオンは〈足〉を使って着実に歩くことができていた。一つ前に進むたびに、肩の辺りからずしりとした重みが全身に伝わってくる。海で暮らしてきたシオンにとっては、自分の身体の重さを感じるというのはとても不思議な体験だった。
シオンは長い時間をかけて歩いた。最初に目覚めた空間を抜け、真っ赤な布の敷かれた道を辿り、巻貝のような形をした段差が連なる道を慎重に下る。
そうして高いところから降りたところで、鳩崎が前方に手を広げて言った。
「坊ちゃまは食堂にいらっしゃいます。ただ今朝食の用意をしているところでして」
それまで〈足〉の方にばかり気を取られていたシオンだったが、そこでようやく顔を上げた。視界の先には、今まで辿ってきた赤い布の道がまっすぐに続いている。道の両側は真っ白な平面で囲われており、細かい装飾が至るところに施されている。赤と白のコントラストから成るその空間は実に美しく、シオンはもっと注意深く周囲の光景を眺めてこなかったことを後悔した。
「ここまで来れば後少しです。坊ちゃまもお待ちですから、急いで参りましょう」
鳩崎はそう言うと、シオンの手を引いてその空間を通り過ぎようとした。
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