海底の魔女

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海底の魔女

 暗闇の中を長く泳ぎ続けた先で、ようやく一つの光が見えてきた。最初は灯りかと思ったその光は何かの液体のようで、大きな鍋の中で湯気を立てながら、怪しげな緑色の光を放っている。そしてその前で、細長い木の棒で鍋をかき混ぜているフードの人物が見えた。小柄な身体をすっぽりと黒いローブで覆っており、鍋の中の液体に照らされていなかったら暗闇に溶け込んでしまいそうだ。おそらく、あれが自分の探している人物なのだろう。人魚は表情を引き締めると、まっすぐにその人物に向かって泳いでいった。  フードの人物の眼前まで来たところで人魚は泳ぐのを止めた。だが、フードの人物は彼女の存在になど眼中にないのか、黙々と鍋をかき混ぜて続けている。  人魚はしばらくその人物を見つめていたが、顔を上げる気配がないことがわかると、ためらいがちに声をかけた。 「あの……」 フードの人物はようやく薬をかき混ぜる手を止めると、ぎょろりとした目でシオンを見上げた。フードの内側から、大きな鉤鼻と皺だらけの浅黒い肌が覗いている。相当長い年月を生きてきたのだろう。  この容貌、間違いない――。シオンは確信を持って頷いた。この人物こそが自分が探し求めていた人だ。光の届かない海底に生きるとされる、魔女だ。
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