海底の魔女

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「あの、初めまして。私、シオンと言います」人魚がおずおずと切り出した。 「普段はこの上の海で暮らしてるんですけど、今日はあなたにお願いがあって来たんです」  魔女は鍋を混ぜる手を止めると、シオンに無遠慮な視線を向け、彼女の姿をじろじろと眺め始めた。シオンは急に気恥ずかしくなり、両手を胸の前で交差させて自分の身体を隠した。 「ふん、何だか知らないが、小娘の頼みを聞いてやるほどあたしは暇じゃないんだ。とっとと自分の家に帰りな」  魔女はしわがれた声でそれだけ言うと、再び鍋に視線を落として薬をかき混ぜ始めた。シオンは落胆を隠せなかったが、すぐに気を取り直して頭を下げた。 「お願いします! 私……人間になりたいんです!」  魔女が再び手を止めた。シオンは顔を上げると、胸の前で手を組んで一気に言った。 「私、小さい頃からずっと人間に憧れていたんです。いつか人間に会って、話をして、一緒に歌いたいと思っていました。海の上にも何度か行こうとしたんですけど、海の上に出ようとした途端、急に息が苦しくなって……。きっとこの身体のままじゃ駄目なんですね。  でも私、どうしても諦めきれなくて……。私はどうしても人間に会いたい。だからお願いです。どうか私を人間にしてください!」  シオンはそう言うと、身を乗り出して懇願する眼差しを魔女の方に向けた。魔女は何も言わず、鍋のぐつぐつと煮え立つ音だけが静まり返った深海に響く。
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