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トイレだ。
トイレに行くフリをしながら自然と通り過ぎてその時に見てしまえ。
「雅さんーー! 来て来てー、ちょっと合わせてみて。絶対可愛いから」
「王子が似合うと売れるジンクスあるよね。今回もイケそう!」
通り過ぎようとしたところで、ちょうど雅が呼ばれて恒例の新作テスターが始まってしまった。
ブラとショーツを頭に飾られて、猫のポーズを取っている雅はノリノリで、嫌がっているどころかいつも楽しそうだ。
女子社員達はキャーキャー言いながら、写真を撮っていた。
たまにこの場面に出くわすが、今回はナイトドリームなので別格だ。
チラリと視線を送ると、雅の頭に載せられている下着はベースはクリーム色の光沢のあるシルクサテン生地だった。所々パールが入った特徴的なレースはピンク色で、可愛らしいデザインに目を奪われた。
胸がドキドキして壊れそうだ。
一目で気に入ってしまった。
絶対買おうと意気込んでいると、雅とバッチリ目が合ってしまった。
「あっ、大森さんー、どうですかコレ?」
なぜ今俺にそれを聞くのかと、動揺して汗が出てきてしまった。
「……俺に聞かれてもよく分からない」
「えー、彼女さんにウチの下着、プレゼントしたりしないんですか?」
適当に答えて通り過ぎようとしたのに、他の男の意見に興味を持ったのか、女子社員の一人がつっこんで質問してきてしまった。
「いや……ないな」
「えー、絶対喜びますよ。うちのランジェリー、生産追いつかないくらい大人気で、すぐ完売しちゃうんですよ」
それは知っている。
言われなくても痛いほどよく知っている。
毎回予約するために奔走するくらいなのだ。
「そうか、そうしたらプレゼントに考えておくよ」
「あー、せっかくだから大森さんも合わせてみたらどうですか?」
悪ノリした若い女子社員が新作のブラ片手に近づいて来てしまった。
ドキッと心臓が壊れそうなくらい飛び上がって、口から出てきそうになった。
困る……頼む、やめてくれ………
「大森さんてムキムキだし、ムチっとして胸までありそう、ブラ着けたら似合いそうですよー」
「はははっ、冗談が過ぎるよ。俺みたいなのが着けたら変態だって。似合うのは雅くらいだよ」
「確かに……、大森さんじゃ罰ゲームですよね。すいません、調子乗っちゃいました」
「そうそう罰ゲーム、宴会芸じゃないんだから、頼むよ勘弁してくれ」
そう言って眉を下げて困った顔をしたら、周囲からどっと笑いが起きた。
とりあえず雰囲気を壊さず、上手いこと乗り切ったとホッとしながら、胸にグサリとナイフが刺さっていることに気がついた。
それを見ないようにして、頭をかきながらトイレだからと言ってその場から離れた。
「はぁ………最悪な日だった」
家に帰って床に崩れ落ちた。
あんな悪ノリをされるとは思わなかった。
だが長い社会人生活、理不尽なことはたくさんあったし、これしきのことで傷ついていてはやっていけない。
気分を変えようと、お気に入りのナイトドリームのショーツを身につけて鏡の前に立ったが、いつものように高揚した気分にはちっともならなかった。
鏡に映っているのは、白いシャツに黒い総レースのショーツを身につけた男。
今日はひどく滑稽に見えて笑ってしまった。
「罰ゲームか……誰の目から見たってそうだな」
俺が女性の下着が好きだなんて周りは知らないのだから、笑われたのだってその場の空気からしたら普通の反応だ。宴会芸だなんて言って自分から傷をえぐってしまった。
きっと、こういう小さな出来事はこれから数えきれないくらいあって、その度にヘコんで落ち込みながら生きていくのだろう。
誰にも理解されないし、人から笑われてしまうようなことは、もうやめた方がいい。
もう何度も思っては、やめられないと葛藤してきたことだった。
初めて女性物の下着を手にした時の記憶を思い出して、ぐっと目を閉じた。
するとその時、目の奥に浮かんだのは雅の姿だった。
ブラやショーツを頭に載せられて笑っていたが、雅ならきっと、このショーツを身につけてもバッチリに合ってしまうだろう。
どう足掻いても不恰好な姿とは違う、もし俺が雅だったら……
あの白い肌に黒のレースはよく映える。
繊細なリボンも雅の涼しげな雰囲気には似合って……
「えっ………」
股間に熱を感じて目を向けたら、ショーツが膨らんでいることに気がついた。
「嘘、だろう………」
雅のことを考えたら、どんどん熱が高まってきてしまう。止めようと思うのにすっかり勃ち上がってしまい、ため息をついて頭を抱えた。
「はぁ……最悪だ、本当……会社の後輩に欲情するなんて……」
いくら自分が似合わないと言われたからって、何を考えているんだと自分の頭を叩いた。
元気になってしまった下半身は無視して、とにかくシャワーを浴びようと風呂に向かった。
「お疲れ様でーす。あれ? 寝不足ですか?」
外回りから帰ってきた小松が、俺の明らかにひどい顔に気がついて声をかけてきた。
「ああ、ちょっと、ネトウリのドラマにハマってな。夜通し見てしまった」
「へぇ、珍しいですね。真面目な大森さんが、徹夜でドラマですか」
「そうなんだよ、はははっ、もう歳を考えた方がいいな。これからは気をつける」
我ながら苦しすぎる言い訳に頭が痛かった。
寝不足を否定しようにも、目の下にくっきりクマが浮かんでしまった。
徹夜したのはドラマのせいではない。
単純に寝られなかった。
このところ、ほとんど眠れない日々が続いている。
ランジェリー部の女子社員に言われたことに傷ついて寝られないのなら、まだ自分は繊細なんだと思い込むこともできた。
本当の原因は雅だ。
いや、雅が悪いわけではなく、目を閉じると雅のことを妄想してしまう俺が悪いのだ。
毎晩布団に入ると、女性用の下着を身に着ける雅の姿が目に浮かんできて、ガバッと飛び起きてしまう。
だめだだめだと思って寝ようとすると、またその繰り返しだ。
確かにその辺の女の子よりずっと綺麗な顔をしているが、どう考えてもアイツは男だ。
男を好きになったことなどないし、恋愛対象ではないはずだ。
それなのに……毎日毎日妄想してしまい、うとうとしながら結局大して眠れずに朝を迎えている。
「大丈夫ですか? 今日飲み会ですけど……」
「飲み? 今日?」
「先週お伝えしてますよ、月末に大森さんの歓迎会もかねてって……」
酒! その手があった!
自分の変化を恥じて、どうにか押し込めようと悶々と悩んでいたが、ここは酒の力を借りてすっぱり忘れるしかないだろう。
飲んで飲んで、全て忘れてしまえ。
酒を浴びるように飲んで、べろべろに酔って。
小心者の俺はそんな飲み方をしたことがないが、それはこの日のためにとっておいたのかもしれない。
邪な妄想を滅するために意気込んで飲み会に参加した。
はずだったが…………
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