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不動産屋のお兄さんに導かれ、後日正式に部屋を決めた。初めて押す契約書への押印はすこし緊張した。
「新社会人、頑張ってくださいね。って、僕も2年目なんで変わらないですけど」
その言葉で背筋が伸びた。
素敵な部屋に住めることで恋愛に期待していた自分を戒める。
まずは仕事だ。しっかり信用される社員にならないと。
引っ越しを兄妹や親父に手伝ってもらい、いざ新居に案内すると兄妹たちは羨ましいの大合唱だった。
「廉、頑張ってな」
親父、兄妹たちとハイタッチを交わし、いよいよ新生活が始まった。
社会人生活が始まってからはとにかく仕事を頑張った。
配属先で雑用から何からあくせく動き回った。先輩、上司が話すたびに一言も聞き逃すまいと目を向けるたび、先輩、上司たちにも一目置かれるようになっていった。
「高階くん、UA商事さん来られてるんだけど、同席しようか。一度挨拶しておきなさい」
「はいっ」
真面目にコツコツ頑張っていると、予期せず見ていてくれる人はいるものだ。
その日は残業で、時計は夜の九時半をさしていた。
会議資料をまとめていると、コンっと音がしてボトル缶のコーヒーが置かれた。
「コーヒー飲める?」
「あぁ、はい! 全然飲めます」
くくっと辻さんが笑った。
辻さんは2年上の先輩で男っぽいところがあるけれど誰が見ても美人な先輩だ。上にも下にも好かれている。
俺も何度か話したことがある。屈託がなくて、話していて気持ちがよかった。
「高階くん、頑張ってんじゃん。よく名前出るぞ」
「え、マジですか」
「ウソで言ったらつまんねーだろ。でさ、今度さ、あんたらの代の何人かと2年目とあたしらの代の何人かで飲むんだよ」
「はあ」
「はあ、じゃなくておいでよ。高階くんと話したいってやつがいるのよ。教えないけど」
辻さんはまた、くくっと笑い、手を振って帰っていった。
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