境界線

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中学校の校舎の屋上の柵の向こう側 建物の角に腰掛け、景色を眺めるのが 疲れた時の私の日課だった。 下から吹奏楽部が今年の大会で演奏する課題曲が聞こえた。 吹奏楽部は毎日この曲を練習しているので、月子はすっかり曲を覚えてしまっている。 屋上の鍵を手に入れたのは偶然だった。 1年生の夏休みに、たまたま廊下で拾ったのだ… 3ヶ月ほど校内の鍵のかかったドアを アチコチ試してみた結果、ソレが屋上の鍵である事がわかった。 足元から校舎に当たった風が上に向けて吹き上げてくる。 下にはコンクリートで固められた通路があり、頭からなら確実に即死できる高さがあった。 あと一歩前に出たら死ぬと思うと、 生と死の境界線は紙一重だと実感できて 私の葛藤はピークに達する。 そして、いつも芙美の顔を思い出すと また何日か生きてみようかと家路に着くのだ。 しかし、この日は違った… 私は屋上に出た時、外側からの鍵をかけ忘れていた。 景色を眺めながら思案に耽っていると、突然背後から声をかけられた。 「おい水上 眺めはどうだ?」 背筋がビクっとして落ちるかと思った。 血の気が引いた。 振り向くと、今年度から採用された臨時講師の今井先生だった。 体育会系で潰れた耳に太い腕、いかつい風貌だが、いつもニコニコ笑っている。 爽やかなゴリラというのが月子の第一印象だった。 それにしてもツッコミどころが違うだろう と月子は思った。  月子は今井の心の声を聞く事が出来なかった。   月子自身も心を読めない人間がいる事に驚いていた。 もちろん月子でも、一から十まで相手の考えがわかる訳ではないが、心の機微には何かしらの心の声が聞こえるのが普通だった この男にはソレが無かった。 今だってそうだ、月子は人の気配を読むのが得意なはずなのに、この男は難なく月子の背後を取った。 今井は明らかに、今まで自分の周りにはいない種類の人間だった。 心が読めないので、先生の声色や表情から何を考えているか考えたがわからなかった。 コレが普通の人の感覚なんだろうなと変に納得した。 「先生すみません 偶然屋上の鍵が開いていたもので… 私、高い処が好きなんです。」 いつもの笑顔で対応する。 無理めの言い訳だったが、男なら大体この笑顔で丸め込まれるハズだった。 「ダメじゃないか… 危ないから早く戻りなさい。」 いつも通りの笑顔で柵の向こうから手を伸ばす今井先生。 なんだ、この人も普通の男ね… と手を借りた刹那、背中にゾクッとする 違和感を感じた。 今ならわかる、アレは恐ろしい程の殺意だった。
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