序章一 高虎の娘

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序章一 高虎の娘

 白い陽射しが差す昼の箱根の山を、本城高虎(ほんじょうたかとら)はいつものように、(わら)を担ぎながら歩いていた。炎で黒く(あぶ)られたような色をしている土は、踏みしめるたびに足裏を弾力を持って返してくる。日差しとひとしく透明な空気は、薄荷(はっか)のかおりが混じっているように爽やかだった。そのきよらかな昼に、どこか不可思議さも感じながら、足を止めることはなかった。彼は今年、数えで六十になる。若い時に筋肉であったものが、老化で固い贅肉(ぜいにく)へと変わり、つむじで高くひとつに束ねた髪は、日に当たり、すじを描いて白銀にひかっている。額に幾重か刻まれた皺は、健康的に少し焦げた肌の色に映えていた。体の重さから疲れや衰えを感じていたが、声は明朗で、頭も冴えている。  帰り道、横に広がる野焼きされた金色の畑を眺めながら、その匂いの香ばしさを楽しもうとしていた時に、ふっ、と空気中の水分に霞のように入り混じった血の匂いが、彼の高い鷲鼻の先をかすめた。  その瞬間、高虎の脳裏に、昔身を置いていた戦場の記憶が、あざやかによみがえった。脳の血管が破れ、血が噴出するように、赤く染まる。  雨で泥をかぶり、刀で斬られたいくつもの武士の死体が、折り重なるように倒れている。もえぎや紺、(あけ)。色とりどりの糸で(いろど)られていたであろう、彼らの(よろい)。それらがすべて、血の(べに)に統一していた。血まみれの刀からは、粘り気のある血液が、ぼたぼたと質量を伴うしずくとなって落ちてゆく。その刀を握っているのは、鬼のような顔をした自身であった。  悪寒がし、きつく束ねた髪の間から汗が幾重にも額へ流れた。  我に返り前方を見ると、半数先に、ちいさいが鮮明な色をした赤が広がっている。日に当たっているが、そこだけ何故か暗い色をしているように感じる。血だまりだ。 「あれは……」  高虎は駆け出して、その血だまりに近づいた。平坦な紅の中央に、赤黒い丸い物体が浮き出ている。腰をかがめ、その物体に顔を近づけた。  物体はゆるゆると(うごめき)き、形を持っている。  目を見開き、高虎は血だまりへ尻餅をついた。反動で血が道の端へ飛び散る。 「こいつは……赤ん坊だ!」  かすかだが、か細い声で泣き声をあげている、血にまみれた赤子の姿があった。  両手でおそるおそる抱くと、(にかわ)のように張り付いていた赤子の胎盤が、ぼとりと落ちた。 「なんてこった……とんでもねえ落としもんを、拾っちまった……」  額に炎のような熱がさし、脂汗が眉の中へ染み渡ってくる。拭うこともできず、ただちいさな生き物を抱えていた。  夏の強い日差しが、高虎と赤子を容赦なく照らしていた。蝉たちが恋を求めて激しく絶唱している。生命がほとばしる夏の中で、白銀の髪の男は、茫然と立ち尽くしていた。透明な日差しは、いつの間にか淡い青をふくんでいる。烏の黒い鳴き声が、もうすぐ夜が訪れることを告げていた。  高虎の住まう、ちいさな侘しい木製の小屋の中で、無骨な男の腕とちいさく細い赤子の腕が交差する。  樽に火で沸かした湯を張り、その中に赤子を入れて洗ってやる。  肌を拭うたび、赤から雪を(あざむ)くような白へと油が溶けるように、色が変わってゆく。乾いた血でかさついていたが、幾度か湯をかけてやると、きめ細やかで陶器のような質感になっていった。  高虎は灰青色の目を瞠って、その色の移り変わりゆく様子を見つめていた。  赤子は、女の子だった。けぶるように生えた頭のわずかな髪は、艶を帯びて白く光る黒。尻と頬は桃のようで、触ると溶けてしまいそうにあまくやわらかい。人肌に触れ、温かい湯につかり、安心したのか「おぎゃあおぎゃあ」と先ほど弱っていたとは思えないほど、大きな声で鳴き始めた。高虎のゆびを乳と間違えて、一生懸命に吸う始末である。  高虎は吸われていないほうの手を頭の後ろにやると、がさがさと掻いた。 「だあもう、うるせえなあ。ちくしょう。何だってこんなことに……」  赤子は高虎の皺のあるゆびから、やわらかなくちびるを離した。間を唾が糸を引く。鼻に皺を寄せ、言葉にならない声をあげ、けらけらと笑っている。雨あがりに雲間から差す光芒(こうぼう)に濡れた真珠のようなあかるい声が、うっすらと暗い小屋の中で、ひときわ大きく響いていた。  高虎はその赤子の顔をじっと見つめていると、皺の寄った目元をやわらげて、くちびるを(にわ)かにやさしく歪ませる。 「……仕方ねえ。これも何かの縁だ」  木枠の窓から夕陽の光彩が差し、高虎の白銀の髪が金色にきらきらとひかる。  赤子は大きなひとみでその輝きを見つめている。彼女の透き通った眸の膜が、琥珀色にきらりと煌めいた。  それから月日は巡り、四月程経った頃である。  体を覆うほどの、黒く大きな薬箱を背負った喜一(きいち)は、師である村医者の倉松宗助(くらまつそうすけ)と共に、本日最後の診察を終え、患者の家から出てきたところだった。あたりは秋の透明な空気に包まれ、鼻から吸うとかすかにつめたく乾いていたものが入ってくる。  患者の前では好青年風の人の良い笑顔を浮かべていた宗助は、家から出た瞬間、上体を深く折り曲げて、大きなため息をついた。 「あ~~~!」 「先生、うるせえって」 「大声でも出さなきゃこんなくそ仕事やってられるかっての」 「……医者の台詞じゃねえだろ。それ」  喜一は、呆れ顔で宗助を睨み上げる。  宗助は灰茶色の髪を後頭部でひとまとめにした(まげ)をしていた。きつく結んだ髷が、かすかに金色の光沢を帯び、けぶるようにわずかに浮かんだ前髪に、鈍い光を落としていた。淡く降りているそれは、健康的な肌の色をした富士額を彩っている。武士然としたいっぱしの医者である。髪型だけ見ると浪士のようだが、腰に刀は帯びておらず、黒の十徳を着ていることで、医者だということがわかる姿をしていた。  くあぁ、と人目を気にせず大きなあくびをかきながら、うなじを片手でかく。  師と呼ぶ男のだらしない姿を見ながら、喜一は自分の()し方を思っていた。このまま大人になり、農民にならねばならない自分の行く先が嫌で、ずっと憧れていた村医者という職業についている宗助に弟子入りして早一年になる。  この医者は腕は確かだが、酒癖女癖が悪く、常にけだるげで飄々としていた。無精髭を生やし、鼻梁が高く、色気をふくんだ切れ長の瞳をしていた。見目は整っているといってもよいのだが、そのうつくしさが性格と比例しているかと言われれば、否だった。  喜一はさらに深く(ひとみ)(すが)めて、あからさまな軽蔑の視線を送る。 「大体あんた、この前も仕事の発散だとか言って、一里離れた花街に遊びに行ってただろうが。はあ~、やだねやだね。患者の前では、男前倉松先生で通して、村中から慕われて。裏ではその診療代金を女遊びに使ってる、俺はそんな汚ねえ大人にはなりたかねえな~」  (あお)るような声音で宗助をなじる。だが宗助は意に介さず、にやりと口角を上げる。そして暗い影を眉間に宿し、不適な笑みで喜一に顔を寄せた。 「わっ!」  喜一が飛び上がって距離を離そうとする。だが、強い力で、ちいさな肩に熱く大きな手を置かれてしまう。確かな重みがあった。 「女も知らねえ餓鬼が、何抜かしてやがる。一度あの蜜の味を知っちゃあおしめえよ。おめえもあと五年したら、一緒に連れてってあげまちゅからね~!」  宗助は小さな助手を力強く抱き寄せると、無精ひげをやわらかい頬に寄せ、じょりじょりと動かした。 「痛えいてえ! 髭がちくちくして痛えし、息が臭えんだよ。おっさん!」  喜一は顔をくしゃりと歪めた顔をして力強く宗助を押しのけようとする。  すると、顔を上げた目の端に、見慣れた老人の姿がうつった。 「ん、お。あれ高虎のじいさんじゃねえか?」  赤子を抱いた、若く少しふくよかな女に見送られながら、ひとりの老人がその女の家を出ようとしている。高虎であった。女に薄紫に白がまだらに描かれた布にくるまれた小包を渡し、頭を下げている。 「ん、本当だ。高虎の(じじい)じゃねえか」  宗助もつられて高虎を目に留める。腰をかがめ、それとなく喜一と目線を合わせた。  喜一は高虎の背負っているものに違和感を感じた。いつもの(みの)ではなかった。薄桃色の清潔な布に、何かやわらかく、ちいさいものが包まれている。  背中の荷物が揺れ、ぷっくりとしたものが中から顔を出した。まだ完全に生え切っていない、けぶるような、やわらかな黒髪が見え、ついで、くるりとこちらの方を向く。紅い頬をした赤子であった。長い睫毛が花弁のように縁どった大きな瞳をぱちくりとまたたき、不思議そうに辺りを見回している、生まれたばかりであろうに、くちびるや額のあたりに艶があり、ひと目で女だと思った。ふいに、眸の膜が揺れ、ふえっ、ふえっと愛らしい泣き声をあげた。そして、はらはらと涙を流してぐずり始める。白くやわらかそうな頬が、熟れた桃色に染まってゆく。  高虎はそれに気づくと赤子に片手を回し、あやし始めた。 「へ?  え? 赤ちゃん背負ってんじゃん!」  喜一は驚き、目を丸くすると口に片手を当てた。  その横で、宗助は瞳を眇め、高虎と赤子を静かに見つめている。 「呼びかけてみようぜ。おーい!  高虎のじーいちゃーん!」  くちもとに両手を添え、喜一は大声を出した。 「おーい、じーいちゃーん!」  高虎は見向きもせず、前を向いたまま歩き出している。 「あれ?  聞こえねえのかな」 「聞こえないわけねえだろこの距離で。あのじじい、わざと無視してやがんな」  宗助は苦笑いを浮かべ、片手に口を添えると、腹から大声を出した。周囲の空気がびりびりと震え、喜一のこめかみが、きいんと唸る。 「爺、おら聞こえてんだろうが。この禿(はげ)! 赤ん坊抱えてどうした? ああ?  その歳でどっかの女でも(はら)ませちまったのかよ!」  高虎は歩みを止めると、首だけ後ろを振り返った。その眸はきっ、とこちらを睨み、怒りに燃えている。 「禿げてねえしうるせえわ、てめえら。赤ん坊が大声でびっくりしちまうだろうが! このや屑野郎(くずやろう)ども。頭かち割るぞ、おら!」  どすの効いた凄みのある声で威嚇する。 「やっぱり聞こえてんじゃねえか!」  高虎は睨みながらふたりに近づくと、小声で話しかけた。 「ここで大声上げあってても近所迷惑だ。てめえら、(うち)来いや」 「やりい。話聞かせろよ。爺さん」   宗助は満面の笑顔でゆびを鳴らした。  赤子の衣を脱がせ、おしめを替える高虎のなめらかな手つきを、喜一は興味深そうに見ていた。  その隣で宗助は、正座をし、腕を組んで赤子を見ている。 「けっこう慣れた手つきだね。拾ってからどれくらい経つの?」  嬉々として高虎に声をかける。ちいさな体をゆらゆらと揺らし、かすかに肩を上げた。あかるい笑顔に、小窓から漏れる橙の、溶けた陽光がはらりとかかる。  高虎は喜一の声が聞こえていない様子で、赤子だけを見つめ、おしめを替える手を止めることはなかった。 「無視かよ!」  喜一は、かっとなって背筋を伸ばし、声を荒げた。 「茶ぁいれるから待ってろ。動くんじゃねえぞ」  そんな喜一の様子に見向きもせず、高虎は瞳を静かに閉じたまま、片膝をついて立ち上がり、台所へ向かった。  喜一は頬をふくらませ、不機嫌な顔で高虎の背を睨んでいたが、吸い寄せられるように、ゆっくりと視線だけを赤子に向けると、らんらんと目を輝かせた。  赤くやわらかそうな頬。ゆるやかな曲がりを見せてひかる、黒く長い睫毛。 (こんな綺麗な赤ん坊初めて見た)  喜一は赤子のまぶたに乗った、淡雪のようなかすかな光を見つめたまま、おそるおそる彼女の頬に手を伸ばした。  すると厳しく鋭い声音が、喜一の耳朶(じだ)を打った。 「その子に触るんじゃねえ!」  台所で湯呑みに茶を淹れていた高虎は、気配を察したのか、振り返って凄みのある声で怒鳴った。  喜一は彼の剣幕に驚いた。普段から喜一たちと高虎は交流していた。毎日ではないが、道や村で出会えば話す程度には、高虎と親しくしている。村の住人の中でも、高虎はどこか変わっていた。真冬の雪景色の中で、ひとり(たたず)む刀のような存在だった。誰に対しても心を開いているという印象はなく、特定の相手にだけは少しくだけた様子を見せる。その中に喜一と宗助も含まれていた。彼と話していると落ち着いた気持ちになる時があった。だが会話や挨拶を何度か重ねていても、体の深部までは踏み込ませない、見せない壁を作られているようだった。そして、喜一自身もそこまで踏み込まないで付き合ったほうが良いことを、本能で感じ取っていた。  それが今、常に降ろされていた鋼の幕が、刹那に取られ、そこに隠していた虎のような怒りがさっとおもてに飛び出していた。  喜一は驚き、息を止めていたが、すぐに普段の関係に戻ったほうが良いだろうことを感じ取り、平静を繕った。 「な、なんでえなんでえ。おれにも赤ちゃん触らしてくれよう」  ひゅっと腕を引っ込めると、眸を涙の膜で揺らしながら数回またたき、軽く息を吐く。高虎に向かってなじるような視線を送る。  高虎は舌打ちをして居間に戻ると、素手で掴んだ緑茶の入った湯呑みを、ふたりの前に乱暴に置いた。陶器と古い材木が(こす)れる鈍い音が響く。  置かれた湯呑みから靄のように湯気が立ち上がった。  宗助はふたりのやり取りに反応せず、伏し目がちに赤子だけを見つめていた。  閉じていたくちびるをゆっくりと開くと、低い声で高虎に対し言葉を投げた。 「この子どうすんだ? 爺さんがひとりで育てるのか?」 「……今はそのつもりだ」 「……乳は」 「近所に最近子供を産んだ女がいてな。そいつに定期的に貰いに行ってる」   はっ、と短く乾いた息を吐くと、宗助は皮肉な笑みをくちもとに浮かべた。だが声はそれと反して、低く磨いた鋭さを持っていた。 「……爺さん。悪いこた言わねえ。その女にこの子を託すんだ。あんたが育てられる訳ねえよ」  高虎は喉を唸るように鳴らすと、うつむき、瞼を閉じ、首を一度振った。眉間に皺が寄り、苦しそうにも見える。窓からこぼれる光で、彼の額に落ちた前髪の細いすじが、白く光っていた。浮き上がっているようにも見えるそれが、彼の顔に落ちる影の暗さを、より一層際立たせていた。 「てめえに言われねえでも、おれが一番よくわかってる。何度も考えた」 「一時預かって育てて、情が移っちまっただけだ。今なら引き返せる。自分の境涯を考えろ。あんた、都を追われた元武士だ。身分を偽ってこの地に暮らしてる罪人だろうが。思い出せ」  ふたりは真剣な顔で睨みあっている。間に何か引き締まった空気のようなものが流れているのを感じた。  そんな大人の男のやり取りを、喜一はくちびるを噛み締め、一歩引いた距離で見ていることしか出来なかった。  高虎は一度横目で宗助をちらりと見て、やがて彼から視線を外すと、赤子に移した。目を細めているが、瞳の中央に鈍い光が宿っている。 「それでも……それでもこの子はおれの娘だ」  低く穏やかな声が、部屋の中をたゆたう。  小屋の木枠の窓を、ひらりと舞った木の葉が叩く。やわらかだが氷が割れるような、凛とした音がする。  喜一は息を止め、瞠目した。今まで聞いたこともない、高虎の声だった。いつものように掠れているが、どことなく澄んで温かみがある。触れられるような質量があった。  赤子は男達のやり取りを何も知らず、夢の中を揺蕩っている。 「胎盤ごと産み落とされていたこの()を拾ったとき、体が老いに向かっているだけだった俺は、生まれ直したような心地になっていた」  高虎は静かに話す。  赤子を見つめる高虎の濡れた瞳を、宗助と喜一は黙って見つめていた。深い森の中にある湖面の上を漂っているような気分だった。  その穏やかな沈黙を打ち破るように、宗助は笑った。 「……、ふっ。あの鬼武者高虎さまがねえ……」  目を閉じ、やわらかくほほ笑む。  片膝をつき立ち上がると、ひらりと背を向け、上着を手でひと払いし、玄関へ向かった。 「え、帰んの先生!」  はっと驚き、喜一は背を伸ばす。  宗助は一瞬黙ったまま背を向けていたが、首だけ背後に回し、にやりとくちもとに笑みを浮かべ、高虎を見た。 「帰るわ。じじい。その子大事にしろよ。まあ~、何かあったらおれんとこ来いよ。一応医者だし?  かといって代金はまけねえけどな」  ふたたび顔を前に向け、上着に突っ込んでいた片手を出すと、ひらひらと顔の横で振る。そして(かまち)をぴょんと飛び降り、玄関から颯爽と外へ出て行った。宗助の体が、黄金の中に溶けて交わってゆく。 「え~!  待ってよ先生!」  喜一は慌てて立ち上がると宗助の後に続く。 「じゃあ、じっちゃんさよなら!  また来っからね!  そん時は赤ちゃん抱っこさしてよっ!」  玄関の戸から上半身を出し、高虎の方を向きながらひらひらと手を振る。兎のように跳ねて、喜一は小屋を出ていった。  高虎はふたりの方を見ずに、ずっと赤子を見つめたまま動かなかった。茶の豊かな香りが、あたりに漂っている。  赤子はすやすやと眠っていたが、ふいに天を掴もうとするように手を伸ばした。  高虎は、皺だらけの乾いた手を、そのちいさくやわらかな手に差し伸べた。  部屋のほこりが窓から差す夕陽を受け、金色にひかり、舞っている。やがてそのほこりは、宗助たちの残した湯呑みの、さみどりの茶の中に落ちてゆく。  この子との未来はどうなるかわからない。だが、この子を手放して生きてゆく道が、もう考えられなくなっていた。 「人の情とは、不思議なものだな……」  高虎は短いため息をつくと、赤子から手を離し、宗助たちの残した湯呑みを片付けに腰を上げた。  赤子は名残惜しそうに、高虎に向けてひらひらとてのひらを泳がせていた。
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