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序章十 高虎の記憶
あれはいつの日だったか。
今日のように、昼は真白い太陽がにてらてらと照っており、夜にはその名残が、わずかにただよって、肌をじわりと濡らしていたかと思う。
まだ影虎のような年頃の、背の低い童だった高虎は、うっすらと筋肉を纏った腕のうぶげに浮く小雨のような汗のつぶをうっとおしく、てのひらで払っていた。そんなくだらないことだけを、年老いた今でもなぜか覚えているので、人生とはとんと不思議だ。
父に呼ばれた和室の、障子からさす真夏の陽光が、まばゆいばかりにかすかな虹色をはらんでいて、目を細めたことさえ、記憶にあざやかであった。まだ新しく敷かれたばかりだった畳の青い香りも。
正座した父と己の、紺色の着物を纏った膝頭の間に置かれた刀の黒き鞘が、夜光貝のようにこまかな蒼い粒を煌めかせていたことも。その青に、若くつややかな瞳がしっくりと惹き込まれている時、弾かれるように目の前の父から低い声をかけられたことも。
高虎は父の声色が好きだった。大人の男の低い声。いつの日か自分も、それを喉に持つ日が来るのだろうかと、未だなめらかだった少年の細い喉に、ゆびさきで触れたこともある。
「高虎、これはなんだ」
「……我が家に代々伝わる宝刀でございます」
高虎は若い声で、ありのままを答えた。
父はそのとき、目の前に置かれた刀に、水平に右手のひらをかざし、触れるかふれないかの距離でそっと止めた。
「そう。これは宝刀。名前は世に聞こえているが、呪いを持つ刀から見れば、いわゆる『普通』の刀だ」
父の目の色が、刀の鞘の色とひとしく染まる。
高虎は息を呑んだ。
父の目の奥に、自分の知らない、青にあおを重ねていったような夜が広がっていた。父は目を上げた。そこには、夜の中に金色の恒星がひとつ、ぽかりと浮かんでいた。黄金の矢で、高虎の幼い心臓を射るようで、気づけば暑さも忘れ、息を止めていた。
「高虎、この世には『吸血刀』という、呪われた刀が二口ある」
父の声は、いつの間にか暮れ落ちていた透き通った夜の空気に溶けて、しんと畳の上を平行に流れていった——
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