弟の告白

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弟の告白

  阿賀谷加賀良(あがやかがら)と阿賀谷阿木弥(あがやあぎや)は村で有名な仲の良い兄弟であった。  冬の寒さ広がる村「あらく」は、少ない人口の中で木材を都へ売る商売が成り立っており、阿賀谷兄弟もそれで生計を立てていた。 「兄者、この檜はこちらでよろしいかのう」   弟の阿木弥が自分の胴ほどの大きさもある丸太を肩に担ぎ、傍らで胡坐をかきながら木肌を鉋で削っている兄・加賀良に問いかける。  頭に巻いた、汗で濡れた白い鉢巻きを少し右へずらすと、加賀良は顔を上げた。  生真面目な顔が阿木弥に向けられる。 「ああ、弟よ。それはそこではなく玄関の脇じゃ、脇。脇に置くのじゃ」 「へいへい、わーったよ。ワキワキ言わなくても一度言えば伝わるぞ」 「お前の頭の悪さを危惧して何度も重ねて申したのじゃ」 「はあ? ……ったく兄者はおらを舐めすぎなのじゃ」   阿木弥が溜息をつき、諦めたように腰を屈めて檜の丸太を持ち上げた。  今日も阿賀谷家では、都へと運ぶ木の丸太を、種類毎に分ける作業を行っていた。  檜、柊、榊、朴。様々な種類の木々が、三角形に部屋に積まれて置かれていく。  部屋の中は木くずが舞い、窓から差した日の光がそれを金色に光らせていた。  阿木弥が檜の丸太を地へ置くのと、加賀良が鉋の腕を止め、一息ついたのが同じであった。  阿木弥が背を伸ばすと、加賀良と目が合い、互いに笑い合う。 「今日の午前の仕事はこれで終わりじゃ。飯にしようぞ」  阿木弥は兄の声を合図に裸足で玄関から一段上がった。   「かあ~。兄者の炊く窯の飯はいつも美味いのう。米がいい塩梅で水分を含んでおるし、立っておる」   箸で器用に椀から米を一つ摘まむと、両目の間に持ち上げ、にんまり笑って口に含む。  部屋の中央の囲炉裏に火をかけ、時間をかけて炊いた米は、噛むほどに程よい甘みが口の中に広がり、先ほどの作業への疲れを取ってくれる美味しさであった。 「金がそれほどあるわけではないから、いつも米と汁だけの質素な献立ばかりであるが、それでもそれほどに喜んでくれる弟を持ててワシは幸せだわい」   ほんのり口元に笑みを刻み、加賀良も箸で小さく摘まんだ米を口の中に含む。  薄暗い部屋の中で、米の白さだけが光って見えるようであった。 「して兄者、おらさ、相談してえことがある」   瞳をうっすらと閉じて米の甘みを堪能していると、突然阿木弥の声が真剣なものに変わったので、はっと顔を上げた。 「なんじゃ」   見れば阿木弥は椀を自分の膝の前に置き、胡坐を掻いていた足を正座にし、背筋を伸ばして両手を膝の上に丸めて置いている。  こめかみから汗が流れ、頬は若干赤みを帯びている。  眉は情けなくも下がっており、毎日共に暮らしている加賀良でも、見たことの無い表情をしていた。  驚いて阿木弥を見つめたまま、椀と箸を持った手をゆっくりと膝の上に置いた。 「これ、どうしたのじゃ。そなたのそのような様子、初めて目にする」 「兄者……」   もじもじと恥ずかしそうに体をくねらせたかと思うと、更に深く下を向き、勢いよく顔を上げた。 「おら、好きな娘(こ)出来た」   途端に加賀良は箸をころりと手から落としてしまった。  落ちた箸は、若干斜めに建てられた歪んだこの家の床の上を転がり、阿木弥の膝の上へ辿り着くと動きを止めた。鈍い渋茶色が、床の染みと同じ色をしており、淡く交わって見える。 「なんと、そなたがか」 「ああ」   加賀良は膝の前に椀をゆっくりと置く。そして困ったように己のうなじを掻いた。 「どこの誰じゃ……。いや、その前にそなたのそのような浮いた話初めて耳にしたな」   加賀良が恥ずかしくなり視線を右に逸らすと、阿木弥は絞り出すような声でぼそりと呟いた。 「と、となり村『かげら』の娘じゃ。……今はそれしか言えん」 「なるほどな」   また阿木弥に視線を戻すと、顔を真っ赤にして肩を震わせている。  乙女のように恥じらうそんな弟の姿がなんだか可愛らしくなってしまい、ふふっと笑みを漏らすと手で口を押えた。
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