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内助の脅威
おわっっ!!
と、悲鳴とも叫びともつかぬ声をあげて、孔明は、とっさに身をそらした。
同時に、はらりと、ひと房、顎髭が舞い落ちる。
槍が、左頬をかすっていた。
すんでの所で、どうにかよけることができたが、髭が犠牲になってしまった。しかし、これが、毎度の事とは、なんたることや……。
「あーたね!!危ないでしょうがっ!!引き戸を開けたら、槍が飛び出して来るって、あり得ますかっ!!」
叱咤も、つい、素が出てしまう。
「曲者かと思いまして。姫様をお守り致したまでのこと」
言う侍女は、依然として、槍を納めようとしない。
「私は、諸葛亮でございます、と、名乗りましたが?さすれば、どうぞと、それは、それは、しおらしい声がして、お入りくださいませと、許可を頂いたのですけれど?それに従ってはいけなかったのですか?!」
鼻息荒い孔明に、はははと、小馬鹿にしたような、年若い女の笑い声が追って来た。
「いい加減、呉の孫朗様のお立場を、お捨てください。経緯がどうあれ、あなた様は、劉備様のご正室、孫夫人なのですから」
「はっ、なんとも、口煩い男だ。これが、世に名を馳せる軍師、諸葛亮だとはなぁ」
「おやまっ、私の名が?たかだか小国の一軍師なのですけど、そんなに広まっておりましたか。おやまあ。それは、それは」
孔明は、勢い、向けられている槍を払いのけ、部屋へ踏み込むと、若き夫人、の前へ歩み出た。
「私の事を、愚弄しようと構いませぬ。しかし、ここで、あなた様が、夫人と、認められなければ、あなた様の兄上とも、何かが、こじれてしまうのではないですか?」
前にいる、意思の強そうな兄の面影をもつ娘は、その、細い眉をつり上げ、孔明を睨み付けた。
自分は、呉の孫権の妹姫であるぞと、言いたげに、艶やかな唇を引き締めて──。
「お分かりになれば、結構。そろそろ、劉備様も、こちらへお下がりになられることでしょう。それまでに、とにかく!この、武装集団をなんとかしておきなさいっ!!」
孔明は、姫を守るとの理由から、武装している侍女達を指さした。
「あーたがた!誰が、夫人を襲うというのです。そんな、格好をしているから、疑心を呼ぶのでしょ!せっかく、おなごに生まれたのなら、槍やら剣やら物騒なもので男をやり込めるのではなく、その、美しさで、やり込めればよろしいでしょうがっ!!全くもって、そんなだから、呉の女は、と、皆に、笑われるのですよ!それだけの美しさがあれば、国の一つや二つ、落とすことも簡単でしょうに、ねぇ、夫人?」
では、失礼!と、孔明は、言い捨てて、部屋を出る。
後には、ぽかんと、呆ける侍女達と、火に油を注がれた、呉より送られて来た姫、孫夫人こと、孫朗の、悲鳴のような苛立ち声が響いた。
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