20人が本棚に入れています
本棚に追加
「またこちら側にくるという話は真だろうね?」
「ええ、近々……」
即座に返してきたが沙代は嘘が下手だ。彼女の出鱈目はいともたやすく見抜くことができる。
「もう……」
思わず言葉に詰まった。言い直して続けた。
「……もうこちら側にこないのか?」
「いいえ、近々きますよ」
沙代はそう言ったが、嘘に違いなかった。
さっき沙代が口にした言葉が耳の奥によみがえる。
――ああ、そうだ。筍のお礼を天津さんに伝えておいてくださいね。
「またここにやってくるのだろう? だったら、筍のお礼は君が直接天津さんに言えばいいじゃないか」
沙代は私を見つめたまま黙っている。その沈黙はもうここに現れないという証拠に違いなかった。
「どうしてだ?」
思わず語気が荒くなる。
「閻魔さまの許可が出なかったのか?」
私は堪らず縁側から庭に飛びおりて、その勢いのまま沙代を抱き締めた。
沙代は私の背中に両腕をまわして優しくさすった。よしよし――。
「せっかくまた君に会えたんだ。いかないでくれ」
「ご安心を。閻魔さまの許可は出ていますので、またこちらに寄らせてもらいますよ」
「出鱈目だ。君の嘘はすぐに見抜ける」
「いいえ、嘘ではありません。私を必要としてくれるのであれば、私は何度でもあなたに会いにきます。でも、あなたの選択はとてもいいことなのです。ためらってはいけません」
「どういう意味だ?」
「しっかり生きてくださいということです。それがちゃんとできたら、いつか頭をぽんぽんして褒めてあげますから」
沙代がそう言い終えた直後、腕から彼女の感触が消えた。あっと思って腕の中を見てみると沙代はもういなくなっていた。筍の馬も一緒にいなくなっている。呆然となってその場に突っ立っていると、遠くで馬の嘶きが聞こえたような気がした。
それから幾年もの月日が流れた。
最初のコメントを投稿しよう!