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 家に帰ろうと思ったら、妹とピンク髪の男がキスしていた。  何が起こっているのか理解できずにフリーズする。  あれは俺の家。あれは俺の妹。OK。  相手のピンク髪は知らない奴。OK…じゃないけどOKOK。  妹は高校生で16歳だ。ピンク髪も同じ高校の制服を着ているから高校生だろう。  高校生でキス…早くない?  いや、テレビとかネットとかでそういうことする奴がいるのは知ってるけれど、俺の周りにはそんな奴いない。俺は男子校だからいたら怖いんですけどね。  一般論でいえば現在の若者たちは2極化しているらしい。恋愛経験豊富な群と皆無な群に、これはネット等娯楽の発達で恋愛に疎い群の者達が軒並み皆無群に移ってしまったからだと思われる。妹の高校は大学進学するうやつがほとんどいない、所謂馬鹿高なので恋愛皆無な群ではないというのは想像に難くなかった。しかしまさかキスするとは…小さいころからそばで見てきた俺としては衝撃的な出来事だった。  思い起こせば昔は妹はお兄ちゃん子だった。 「お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ幼稚園に行きたくない!」 「怖くて眠れないの。手をつないで寝て」 「私ね大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」  在りし日の思い出が走馬灯のように蘇る。最近は思春期で関係は冷え切っていたとはいえなかなかショックだ。これが噂に聞くNTRというやつか? NTR即ち、寝取られ。妹とは別に恋人でも何でもないが、当たり前だ。そんなことあったら近親相姦になってしまう。NTRというのは別に恋人じゃなくて片思いの相手でもただの幼馴染でもそのように認定されるらしいのでやっぱりこれもNTRだろう。自分でもよくわからんがなんだかもやもやとした精神的なダメージを受けている。  ああ、妹よ兄の知らないところですっかり大人になって…  …でもなんで相手がそんなピンク髪なんだ? 趣味悪くないか?  だいたいキスするにしても家の前とかどうよ? スリルか? スリルを楽しんでいるのか? キスなんかもう当たり前なのか? 恥ずかしげもなく家の前でキスしてるくらいだからそれ以上の関係にもなっているんじゃないか?  あっ・・・舌入れてる。胸も触りだした。それ以上はいけない。  俺の危惧通りどんどんあぶない方向に進んでいく妹に、俺はなんとか止めなければと慌てて行動を起こした。  わざとらしく乱暴に自転車を止めると、正面から2人の方に向かっていく。  俺はあまり社交的な方ではない。友達も少ない…というかいない。運動もあまり得意ではない。クラスの隅っこで息をひそめているような生徒だ。本来なら、学校とかでこんな場面に出くわしたなら、すごすごと逃げ帰るしかなっただろう。  だがここは俺の家の敷地内だった。つまり俺のテリトリー内。テリトリー内。それが俺に幾ばくかの勇気を与えてくれた。家での俺は王なのだ。普段の大人しい俺ではなくなる。エンペラータイムに突入する。家では普通にしゃべるし、暴力だって振るえちゃう。チャンネル争いとかでな!  ようは引きこもりが親にだけ暴力振るうような、そんな感じだろうか? そう考えると全然褒められないような気がしなくもないが、俺は引きこもりではないし家庭内暴力も振るわないから問題ない、はずだ。たぶん。  ま、まぁちょっと気が大きくなるだけだ。  普段大人しいからむしろそれくらい気が大きくなったくらいで丁度いいくらいかもしれない。それでようやく普通の人間と同じくらいの気の大きさになるといえなくもなくもない。  エンペラータイムに突入した俺は堂々とキスしてる妹と彼氏の横を通り過ぎるとねっとりと横顔を眺めて通りすぎる。  何しろ相手は妹の彼氏。将来弟になるかもしれない存在なのだ。しっかり吟味しなくてはならない。ついでに上下関係をはっきりさせておかなくてはならない。  確かに俺はボッチでなんならコミュ障だが勉強はできる。将来は医者か弁護士か。社会に出てしまえばボッチだのなんだのということは関係ない。同学年とうまくやっていけないとはいえ先生との関係は良好だ。きっと年上には好かれるタイプなのだ。きっとそうだ、そうに違いない。たぶん!  逆にあのピンク髪はどうだ。まず制服は妹と同じ馬鹿高のものだ。勉強ができるとは思えない。筋肉がついているからスポーツはできるかもしれないが、プロに行けるようなレベルではないだろう。確率的に言ってプロになれるような奴、しかもそれで大金を稼げるような奴は一握りしかいない。  将来はうまくいけばブルーカラーの肉体労働、下手をすれば一生派遣のフリーターだ。  現状での学生カーストでのヒエラルキーでは負けているとはいえ、将来的にはほぼほぼ勝てるはずだ。それなりに敬意というものを払ってもらわなくては困るねチミ。俺は自分にそう言い聞かせると自らを奮い立たせるのだった。 「チッ」  ところが、ところがだ。この彼氏ときたら舌打ちをしやがった。なんだこいつみたいな顔で俺を見ている。あっ、そういう目で俺を見るんだ。へーへーへー。  妹は気まずそうに顔を背けていたが彼氏の反応におどおどし始める。  彼氏が不機嫌になって気が気ではない。だが彼氏の肩を持てば俺が父親にちくるかもしれない。どっちにもつけず気を揉んでいるといったところか。なにしろうちの父親は古風な価値観だからピンク髪のチャラ男と付き合うなんてもっての他だしな。まぁ、ちくるけどね。さっきの舌打ちで確定だよ。思いっきり嫌なイメージで伝えてやる。なにしろ相手は義理の弟になるかもしれない存在なのだ。初対面で舌打ちしてくる奴と家族になんてなりたくない。  しかし後で父親に叱られるのが確定している妹をこれ以上苦境に立たせるのも可愛そうではあった。妹が見た目で選ぶあんぽんちんだということはショックであったが、若さゆえの過ちということもある。ここは俺が大人になって丸く収めてやったほうがいいかもしれない。 「チッ」  俺はあからさまに聞こえるように舌打ちするとご丁寧に唾を地面に吐きかけた。そして流れるような動作で家の中に退避。ドアを乱暴に閉めて不機嫌さを演出する。  どうだ、これが大人の対応というものだ妹よ。 「勝ったな」  ドアの向こうで妹と彼氏がなにやらもめているようだが、満足しきった俺はダッシュで自分の部屋に退避する。  このまま別れてくれれば申し分ない。  これで高校が同じなら嫌がらせを受ける可能性もあるが学校は違うし、学年も違う。朝の電車の時間も違う。そもそも俺は自転車登校だ。はち会う心配はまずないだろう。  だいたい年上の俺にイキってくるのが間違いではないかね? まぁ妹と付き合っているからと言って同級生だとも限らないか。  精神的に勝った俺の心は高揚していた。と同時に慣れないことをしてとんでもないことをしてしまったんじゃないかと言う後悔もしていた。俺は基本的にチキンだからな。  逃げるようにスマホを取り出すとしばらくゲームの世界に逃避することにした。  ・・・  一面に血の海が広がっている。  それを呆然と見つめる少年とそして 「ふわー、派手にやられてしまいましたねぇ」  両目を布で隠しした少女がどこか揶揄するように言い放つ。目隠ししても見えるのは額の第3の目のせいだろう。金髪に隠れた瞳が鬼火のように青く輝いている。 「馬鹿にしているのか? 」  絞り出すように少年が言う。声が震えている。 「いいえ、そんなことはありませんよう。ただ貴方の決断がもっと早ければこんなことにならなかったのではなかったのかと」 「!?」 「逃げたって何も変わらないんですよう? いつかはこうなるんです。早いか遅いかそれだけなのですよ。例え貴方方が逃げ切ったって貴方方の子孫がこうなるのです。私はね。あなたのお爺様にもそう申し上げたことがあるのです。でもいつかは時代が何とかしてくれると。だから今は逃げ続けるとそう仰いましたねぇ」  まるで彼女がこの惨状を引き起こしたかのようにも聞こえるがそうではない。むしろ彼女は少年を助けた側だ。かつての盟友である少年の祖父の願いを聞いて。 「そしてその結果がこの様じゃないですか。あなたのお爺様はそれはそれは強かった。けれどよる歳なみには勝てませんでしたねぇ。自分の愛する子供たちも守れずにこの体たらく」 「やめろ! お爺さまを愚弄するのは許さない! 」 「ふっ・・・怒る相手が違うんじゃないですかねぇ。私はねぇ。真実をねぇ告げてるだけなのに。それで八つ当たりは酷いんじゃないですか? 私は貴方の事を守ってあげたのに」 「誰もそんなこと頼んでない! 」  思わず反論するが、それが正しくないことは少年が一番よく分かっていた。彼女が自分を守ってくれたのは確かだった。  自分の聞き分けのない言葉に自分で傷つく少年。しかしそのことを見抜いていながら少女は畳みかける。 「頼んでない? じゃあ自分も殺されたかったのですか? お爺様と一緒に?」 「僕だけ生き残るならいっそ…」 「くっははははは!!!!!」  少女はこらえきれずに笑い出す。 「滑稽ですよ。ええ、とっても滑稽。嘘つきも大嘘つきで。貴方が死んだらなんのために村の方々が犠牲になったのか分からないじゃないですか? 無駄死にですよ? 無駄死に! 貴方はお爺様の死を無駄にする気なのですかぁ? 」 「くっ」  少女の口元が邪悪に歪む。 「私はねぇ。うんざりしてるんですよ。ずっとずっといつまでも悠長に帝国が自滅してくれるのを待って。300年ですよ? 300年! 国民が自ら立ち上がるのを待って。そんなことはありえないですよ。いい加減帝国の奴らをぶっ殺してやりましょう。自分の手で! 」 「そんなことしてどうなるんだ? 暴力で奪い取った正義に意味なんてあるんだ? 僕たちの祖先がこの国の王様だったのなんて300年も前の事じゃないか。誰も俺達のことなど望んでいない。覚えてすらいならいない。今更帝国を倒したって国が荒れるだけだ」  違う…そうじゃない。少年は自分でもそれが分かっていた。  もうとっくにそんなこと言っている段階なんてすぎている。実際に村を、家族を殺された今となっては。それでもそう言わなくてはならなかったのはそれが正しいことだと教えられて、信じてきたからだ。尊敬する祖父や両親にそれが正しいことだと教えられたから。 「嘘つきですねぇ。本当は自分でもそんなこと思っていないくせに。憎くて憎くて仕方ないくせに。そんな自分達しか守らないルールに縛られて。自分達がそれを守ったって相手が守らなくちゃ意味ないじゃないですか? もっとシンプルに考えましょう。貴方はご家族を殺された。だから復讐する。それだけのことですよ?」  彼女の額の青い瞳は瞬きすることなく少年を見つめ続けている。まるで心を見透かしたように。彼の心に眠るどす黒い復讐の心を暴くように。  その瞳に魅入られると不思議と目を離すことができない。無視することができなかった。 「それとも、あなたにとって家族を殺されるということはたいしたことじゃなかったんですか? だから今更そんな綺麗ごとを言っていられるんですか?」  少年は悔しそうに少女を見つめていたが、やがて諦めたように彼女から遠ざかる。  復讐はできない。それが村の、祖父たちの願いだったから。そのように教えられた。それが正しいと分かっている。でも 「何処に行くんですか?」  でも彼女の言う通りだった。 「…帝国に復讐する」  こうなってしまっては、もう綺麗ごとですますことはできない。だけど 「だがお前の助けは借りない」  それが最後の意地だった。 「子供ですねぇ。復讐のために私の一人や二人利用するという度量がもてないのですか?」  少年は答えない。ただ彼女の元から去っていく。 「でもまぁ、戦う気になっただけで今は良しとしますか。私が助けなくとも貴方を助けようとするものは現れるでしょう。人間にとっては300年もかもしれませんが。私たちにとってたった300年なんですよねぇ。貴方が立ってくれれば助けようとするものなんて湧いてでてきますよ」  くっくっくと、まるで少女は悪役のように笑う。  ・・・  ふ~む、このエルフ中々いいキャラしてるな。  スマホゲームをぽちりながら俺はため息をついた。  惜しむらくは彼女はナビゲートキャラで仲間にはならないことだ。そのうち実装されるかもしれないが。  目隠しで耳も隠れているから分かりにくいが彼女はエルフ。通称ナビ子。  目は見えないわけではなく見えなくすることで力を高めている。そうすることによって常時第3の瞳を発現できるようにしているらしい。  第3の瞳の効果は自身ともう一人の姿を見えなくすること。結界をはること。質問に対して必ず答えてしまうこと。ただし嘘をつくことは可能。他にもあるようだが公式では明かされていない。  戦闘向けではないが、ストーリーの進行役ナビゲートキャラとしては便利な能力だ。まぁ、サイドストーリーでボスを裏で操っていた本当に悪いやつ、的なキャラを殺しまくるもんだから戦闘能力も高く、もうこいつが帝国潰せばいいんじゃないか? と攻略サイトでは散々言われているが。  スマホRPGなんてどれも似たようなものだが、それだけに好みの絵柄とか、キャラが立っているのは大切だ。それだけでやる気が出てくる。その意味ではこのゲームは合格と言える。このゲームは中々癖のある仕様なのだが、それでも見捨てられずに済んでいるのはこの毒舌のエルフに罵られたいからとも言われている。  気を紛らわすためにダウンロードしたが割と楽しめそうだ。  といってもまだチュートリアルも終わっていないけどね。  ゲームではなんだかんだでエルフもついてくることになって(ナビゲートキャラだから当然か)助っ人に300年前の戦士を召喚するとか言っている。  いわゆるガチャだ。チュートリアルで引けるのは決まったキャラだけみたいだが、チュートリアルが終わったらいくらでも強いキャラをひけるようになる。課金すれば。金が無くてもゲーム内でもらえる無課金石をためれば頻度は少ないながらもひける。まぁお約束だ。そしてゲームの最初で無料の10連ガチャが引けて、ここであらかじめ強いキャラを狙うリセットマラソン、所謂リセマラをする。これもお約束。  リセマラで誰にするかググろうかなと考えていると母親が食事で呼ぶ声が聞こえた。食事の時間になったらしい。  うちは食卓は家族揃って食べることになっている。  妹とも顔を合わせることになるが、さてどうしようか。ついさっきまでは両親にいいつけることで頭がいっぱいだったが、今はだいぶ冷静さを取り戻している。高校生ともなれば昔なら元服して大人として扱われていたころだ。誰と付き合うおうがキスしようが関与すべきではないのかもしれない。妹が泣いて頼むなら言わないでおいてやってもいいかもしれない。  俺は考えながら食卓へむかった。
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