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 食卓は一見いつも通りの雰囲気だった。  和やかでもないし、険悪でもない。一言で言うなら無関心。  父親は厳格だが、昔の価値観に縛られた頭の固い人だった。食事とは家族みんなで食べるべしという価値観に縛られて、一応はみんなで食事をとるようにはなっていたけれど、そこにあるべき家族の温かい会話というものはなかった。妹はスマホで友達と話てるし、俺もスマホでゲームをしている。でもそれは黙認されている。父はもともと寡黙な人だ。会話など何もない。母親だけが間を取り持とうと努力するが空回りに終わる。それがいつもの食卓の光景だった。  妹は今日も今日とてスマホをポチポチしている。大方あのピンク髪とラインでもしているのだろう。とても不機嫌そうに、俺を一瞥すると露骨に眉をひそめた。  ほう、俺にそんな態度をとるのか? いい度胸だな。 「そういえばお前彼氏ができたんだってな」  とりあえず両親にちくっておくことにした。  食卓は地獄絵図となった。  さすがにキスまではちくらなかったが、ピンク髪でがらが悪そうということは話した。そしたらそんな不良と付き合うのはやめろという話になって、妹はピンク髪ぐらいで不良と言うのはやめてと反論した。そこから妹と父親で大喧嘩になった。  久々の食卓での家族の温かい会話である。温かいというより熱すぎる会話になったが、好きの反対は無関心というのが通説となった現在、会話を交わしているだけいつもよりは実りのある食卓になったのではないだろか?  皮肉ではなくて。  いくらピンク髪と付き合っているからと言って家の前でキスして胸まで揉まれてたということは伏せてある。にも関わらず何故ここまでヒートアップしてしまったのかと言うとそれには理由があった。言い争いしているうちにピンク髪の意外な趣味が明らかになったからだ。  実は最近、定刻になると迷惑なバイクの騒音が近所の皆々様を悩ませていたのだが、その主がピンク髪の彼氏と発覚したのだ。ピンク髪は改造バイクで騒音をまき散らす迷惑野郎だったのだ。  不良っぽい見た目だと思ったけどガチの不良かよ。なんでそんなやつと付き合ってるんだ妹よ。  言い争いをしたおかげでこんな興味深いことがわかったのだ、実に豊のある充実した時間だったと言えよう。  しまいには父親が地元の消防団のと全員でピンク髪を絞めるとかいいだして妹が半泣きで止める展開になった。  騒音迷惑野郎を注意するという名目で消防団全員でリンチにするとか言い出したのだ。  地元の消防団といっても、はっきりいってその筋のものが集まったのではないかというくらいがらが悪い連中の集まりだ。  今は頭が固くて厳格な父親だが昔は結構あれていたらしく、昔なじみのそいつらには顔が利くらしい。話を聞く限りピンク髪と同じ穴の狢じゃなんじゃないかと思えてきたのだが、もしかしたら妹は父親と似た相手を求めてピンク髪に惚れたのかもしれない。単純に群れのリーダーっぽいオスに惹かれただけかもしれないが。知らなかった父親の意外な過去を知れたのも実りある会話の賜物だった。  このぶんだとピンク髪は袋にされて病院送りにでもされるかもしれない。やりすぎて逆に父親が逮捕されるようなことにはならないでおいてほしいものである。  親が逮捕されると大学の進学にも差し障るかもしれない。それは迷惑だからな。  … 「生き残りがいたのか」  モブにしておくにはおしい黒髪のイケメンが残忍な笑みを浮かべる。 「お前は・・・」 「俺の名はカマセ。この村を襲った首謀者ってやつさ」  と思ったが名前持ちだったらしい。使い捨てるには惜しいキャラデザだしな。  しかし噛ませ犬だからカマセか。あまり重要なキャラではないのも確定だろう。 「どうして村を…」 「この傷がなんだか分かるか? 」  カマセは額の傷を見せる。一見何もないように見えるがよくよく見るとちょびっと傷がついていた。傷と言って小さすぎて目を凝らさないとそれとはわからないくらいだったけれど。  カマセがいうには10数年前。メイドの不手際で階段から転げ落ちた彼は額に一生治らない傷をおってしまった。そのメイドの出身地が主人公の村だったらしい。だから復讐のため村を襲ったのだと言う。  ち、ちいさい…  カマセが村を襲ったのは、主人公が300年前の王の血統とかそういうのは全く関係なく、ただの私怨だったらしい。  本当にそんな理由とは思えないから裏で糸を引いてるやつがいるんだろうけど…いるよね。たぶん。 「ひ…ひぎぃ!た、助けてくれ」  そしてカマセは弱かった。  戦闘場面もなくテキスト描写だけで一瞬で地べたにはいつくばっている。一瞬テキストをスキップしたのかと思ったが仕様らしい。さすが噛ませ犬のカマセ君。 「こんな下衆に情けをかけることはありません。射殺してさしあげましょう。勿論ハートを射るという微笑ましい意味ではなく、ぶっ殺すという意味でね」  そう言ってキザに微笑むのは先ほどチュートリアルガチャで仲間になった射手カスタム。どうやら冗談を言っているみたいだが全然面白くない。  イメージカラーは緑のハイエルフだ。キャラ設定では冷静な平和主義者のはずだがやけに物騒なことを口走っている。 「俺は領主の息子なんだ。望むものは何でもやる。だから!」 「メイドは…母さんはまだお前の城にいるのか? 」  どうやらカマセに怪我を負わせたメイドと言うのは主人公の母親だったらしい。そのおかげでカマセは一瞬で地べたをはいつくばっているというわけだ。 「母さん? 何を言っている? 」 「お前の額に傷をつけたというメイドの事だ!」 「メイド…あのメイドがお前の母親だったのか。それなら…」  普通に考えて生きてはいないだろう。10年以上もたってわざわざ復讐に村を焼きに来るくらいだし。仮に慰み者として生かされたとしても10年以上も前の話だ。とっくに死んでるだろう。 「いる。城で大切に扱われている」  あからさまな嘘をつくカマセ。そんな苦しい嘘に騙される奴はいない。 「ほ、本当か?」  ところがいた。主人公だ。 「不幸中の幸いでしたね」  そしてカスタムまで。お前冷静な平和主義者じゃなかったんかい! 冷静でも平和主義者でもないじゃないか? 「はぁぁぁぁぁ」  俺を代弁するかのようにため息をついたのは、ナビ子だ。 「本当なわけないでしょう? おめでたいですね。そこのアレは額を傷つけたから村を襲ったという思慮に欠ける癇癪もちの基地外であると自己申告しているのに、どうして傷をつけた本人が大切に扱われているんですか? 」 「じゃあ母さんは」 「お母様はお美しい方でしたからね。よしんば凌辱の限りを尽くされ生かされたとしても10年はもたないでしょう。とっくの昔に殺されているんじゃないですか?」  俺も実際そう思っていたけど言葉にするとあまりにも酷い話だ。  もうちょっとオブラートに包んで言ってさしあげろナビ子。そこが人気のキャラだけれども。 「違う! 俺がやったんじゃない! 父上があっという間に首をはねてしまって」 「首を…」  青ざめる主人公。 「よかったですね。凌辱はされてはいない見たいですよ? 綺麗な体のままで死ねたんですね。城に召し抱えられた時点で慰み者にされてたかもしれませんが」  お前はもう黙っとけよナビ子。  ナビ子のチャチャに絶望が怒りに変わる主人公。  怒りに任せてカマセを切り捨てようとするが主人公はまだ人を殺したことはなく躊躇が生まれる。 「た、助け…がはっ」  下衆とはいえ戦意を喪失した相手を殺すのは不味いと思ったか、とどめを刺したのはカスタムだった。 「このようなことで皇子の手を煩わせるわけにいきません」  チュートリアルガチャで召喚できるのは全部で5種類。ここで仲間になるキャラによって微妙にシナリオが変わる。今回はカスタムが代わりのカマセを殺したが、主人公が殺すシナリオも存在している。ただカマセが殺されるのは固定みたいだ。  カマセ君は名前持ちのくせに一瞬でやられてしまった。せっかくイケメンなのにこれでは絵師がうかばれない。普通に殺されてるから復活もし無さそうだ。なんせ噛ませ犬のカマセだしなぁ。 「母を殺した相手ですよ? 始めて殺す相手としては申し分がないんじゃないですか? 」 「いつからそんな過激なことを言うようになったのですか? 昔の貴方はそんな風ではなかった」  カスタムは少し寂しそうにナビ子に問う。  ナビ子とカスタムは同種族であるがゆえに昔からの知り合いらしい。故に変わってしまったことを知っていると暗示させるテキストとなる。他のチュートリアルガチャのキャラはエルフではないためこれはカスタムが仲間にいるときのみ示唆される。 「手を血に濡らすのは我々の役目。皇子はそのようなことに手を染めるべきではありません」 「そうやって甘やかすから300年も待つは目になったんですよ? 史実なんて勝った後にいくらでも書き換えられるのに」  カスタムの憂いなどものともせず主人公側にあるまじき毒を吐き続けるナビ子。 「でもまぁこれでレベルが上限に達しましたね。レアリティの昇級ができますよ」  ナビ子は急にゲーム用語を持ちだして主人公のレアリティをあげるための説明を始める。ナビゲーションキャラの鏡と言える。  このゲームには☆1から☆8まで8つのレアリティが存在する。☆は多い方がレアリティが高く強い。  主人公は始めは☆1だがチュートリアルで☆3まで底上げされる。  ちなみなカスタムは☆4ナビ子は不明。持っている魔道具から☆6以上は確定と言われいるが不明。  チュートリアルガチャで召喚できるのは戦士カノン、騎士セーラ、魔法使いララ、僧侶タック、射手カスタム。の5名。全員☆4だ。☆4はそこそこ強いが所詮8段階の4番目。主力にするのは☆5以上は欲しいところだ。誰がでたところで序盤のお助けキャラ止まりであまり重要ではない。昇級させるなら前線で使い続けることもできるがその必要もあまりない。こいつら全員途中離脱してもう戻ってこないからだ。  5人は今のところチュートリアルガチャでしか仲間にならず、仲間になったキャラによってストーリーが微妙に変わる。そして中盤に離脱して主人公の成長イベントが発生する。離脱したらもう戻ってこないかなり特殊な位置づけになっている。  魔物に体を乗っ取られたり、殺されたり、聖域を守るために残ったり半分くらいしぬのだが、生き残ったやつも戻ってこない。おそらくシステム上の問題だろう。Aキャラでは離脱して戻ってこないのにBキャラでは戻ってくるとかいう細かな区別ができないものと思われる。所詮スマホゲームだしな。  一応、性能的には当たりはタックで外れはララなのだが、実際にはここは誰が出てもあまり関係ないだろう。全員レアリティ4だし、途中離脱するし。  でもどうしてもこだわりたいというなら断然タックがおすすめらしい。理由はヒーラーだからだ。  ヒーラーはあまり実装されておらず貴重なので無課金勢は確保しておく必要がある。火力はないので序盤の戦闘はきつくなるかもしれないがもう一回チュートリアルガチャのチャンス、しかも☆6確定10連ガチャのチャンスがあるので攻撃役はそこで手に入れればよいというわけだ。  逆に不遇なのは魔法使いララ。ゲーム序盤に全体攻撃できるお助けアイテムをゲットできてしまうため存在意義が薄くなる。レベルを上げれば強力な魔法も覚えるが、途中離脱が決まっており、最初に使えないと存在意義を失うお助けキャラとしては致命的と言っていい。一応女の子キャラなのでビジュアル的に選ぶという選択肢もあるが、騎士セーラが金髪のくっ殺騎士という上位互換であるためそちらの面でも負けている。  余談だがセーラはチュートリアルガチャでしか仲間にならず、ビジュアルが良く、途中離脱してもう戻ってこず、しかもどうせ戻ってこないからと製作スタッフが主人公と明確な恋愛フラグを建てさせた結果、ナビ子に次ぐ人気キャラだったりする。人間手に入らないとよく見えてくるものかもしれない。離脱するのが嫌でストーリーを進めないやつもいるらしい。ファンの間では真のヒロインとか言われているんだとか。  ☆4なんて誰取っても同じという意味ではセーラが一番のあたりなのかもしれない。最もチュートリアルガチャはただの前座で本番は最後の☆6確定10連ガチャなのでいくら人気と言ってもわざわざ引き当てるのにこだわるやつは稀だが。  リセマラするにあたっての本命はこの後の☆6確定10連ガチャだ。  一応レアリティは全部で☆8まで存在するがレアリティ昇級によって最大☆2つレアリティをあげられるので、ガチャで手に入れられるのは☆6が最高レアリティとなる。  具体例を言うなら☆1キャラを仲間にすると最大で☆3まで昇級できるし、☆6なら☆8まで昇級できるということだ。主人公はチュートリアルで☆3になってからさらに昇級して最終的に☆8になるので手順を踏めばどんなキャラでも☆8にまで上げられるが、いろいろと制約が付く。この手の昇級のお約束として最初からレアリティの高いキャラには及ばない。低レアを強くし過ぎたらガチャを回す意味がなくなるからね。 「なんだこれは…今まで感じたことのない力だ」  丁度主人公が☆2へレアリティ昇格をはたす。  次はレベルアップの説明。レベルアップ上限突破の説明。サクサクとチュートリアルをこなしていく。
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