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瞬くネオン街に臨んだとある歩道橋で、私は彼に呼び止められた。
いえ、呼び止められたと表現するのは可笑しい。
けれど、まさしく私は呼び止められたのだ。
彼の歌声に――。
ギターを片手にした弾き語り。
駅前の広場や、高架下なんかでチラホラよく見る光景だ。
彼らが練習に選ぶ場所は、騒音に音色を紛らわせられる場所が多い。
彼も今、想いの猛りを歩道橋の下を行き交う車の騒音にぶつけていた。
まるで訴えかけるように、熱い想いを発散している。
音を喧騒にぶつけて霧散させ、『煩い』あるいは『邪魔だ』と、非難されることを避けて選んだこの場所なのだろう。
けれど練習というにはあまりに完成度が高く、私は思わず足を止めてしまったのだ。
じっと惹き付けられている私に、彼も気付いた。
目が合ったというのではないけれど、何となく気配が動いた。
そう感じたからこそ、私はハッとして我に返ったのだ。
早く帰らないと……。
仕事終わりの缶チューハイが待っている。
プラグを開ける音が耳の奥でこだました。
至福のひととき。
私の唯一の楽しみでもある。
そうは思うのに、素気無く通り過ぎるには機を逃してしまい、他に通り過ぎる人もいないことから、私はその一曲だけとあらぬ情が彼に沸いた。
だって彼、上京している息子と同じくらいなんだもの……。
それに、まぁ……上手いしね。
一曲くらい聞いてみたいと、素直にそう言えばいいのに、私は自分の心に言い訳を零していた。
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