とある長距離スナイパーとの手合わせ

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とある長距離スナイパーとの手合わせ

 敵に赤い十字の照準を合わせて、アサルトライフルの引き金を引く。百発百中のスナイパーKAEDEの二つ名は伊達じゃない。生々しい銃声とともに、スナイパーライフル使いの頭部は吹き飛んだ。 「YOU WIN!」  眼前のゴーグル型モニターに、赤い文字が表示される。なかなか手ごわい相手だったが、本日7連勝目。現在全世界で大流行中のFPSゲームはやっぱり面白い。  秋の日は鶴瓶落としとはよく言ったもので、ゲームに夢中になっていたらいつの間にかもう夜だ。親がいなくなって3年。今ではいくらゲームをしても咎められることはないので、無制限にプレイできる。自由の身になってほとんどの時間をこのゲームに費やしたことで、世界ランカーになれた。もはやライフワークと言っても過言ではない。 「Good game.ありがとうございます」  負けそうになると切断するマナーの欠片もないプレイヤーも多い中、対戦相手はやたらと丁寧にボイスチャットで挨拶をしてきた。律儀な人。これが第一印象だった。 「Good game.こちらこそ」 「連勝途切れちゃいました。今までに対戦した人の中で君が一番強いかもしれません」  相手、プレイヤー名カナタはへへっと笑った。素直に褒められると、くすぐったいような気持になる。こちらもテキストチャットからボイスチャットに切り替える。 「どうも。君も強いと思う。楽しかったし、もう1戦やる?」 「ぜひ」  そのあと、追加で3戦した。銃の持ち方で、カナタが左利きであることを知った。 「ああ、分かった。カナタは根本的に動体視力と反射神経がいいんだね」 「楓も運動神経がかなりいいんじゃないですか?」  汗を拭きながら、語り合う。このFPSは銃型の専用コントローラーを使う。音も感覚も、何から何までリアル感を追求して作られたゲームは世界中で大人気だ。リアルの感覚に近いということはすなわち、身体能力が反映されやすいということである。 「せっかくだから、タッグマッチしませんか?」 「正気?」 「もちろん。楓みたいな上手い人と協力プレイできたら楽しそうです」  カナタの声は躍っていた。律儀な人という第一印象は、物好きな変人というセカンドインプレッションに変わった。  協力型ゲームをプレイする人間は少ない。それもそのはずだ。リアルの世界において、もはや人間は他人とかかわらずとも生きていけるので、協調性は必要のない能力として人類が失ったものだ。  人類の繁栄は知性によるものである。しかし、これほどまでに文明を発展させたのは、他の人間と協力し「社会」を形成したからであろう。一人の能力には限界があるが、分業によって豊かな社会を作ることが可能となる。先人の知恵を引き継ぎ、巨人の肩に乗り、人類は総力を挙げて技術を発展させてきた。これが前時代の話である。  高度な技術はあらゆるものを機械化した。ライフラインの整備に始まり、治安維持、医療、教育と様々な産業をロボットが担うようになった。必死に他人と協力して働かずとも文化的な暮らしができるようになった。  庶民ですらも、健康維持に必要な運動マシンを手に入れられ、1万回生まれ変わっても消費しきれないほどのゲームや音楽などの娯楽にアクセスできる。もはや争わずとも、欲しいものは何でも手に入るのである。かつて争いに興じていた血筋の人々もすっかり牙を抜かれた。  多くの人々は、機械文明の恩恵を享受し、悠々自適な一生を送る。しかし、娯楽に、食に、あるいはロボットそのものに魅了されて、創作者あるいは生産者になりたがる人間も一定数存在する。そんな彼らも生まれてから人とかかわらず生きてきたので、多くの場合に仕事の同僚となるのはロボットである。人類はいまや協調性・チームワークをロボットにアウトソーシングしている。  人との関わりのアウトソーシングの最たるものは出産の変化である。機械を利用して遺伝子情報を読み取り、新たな命を生み出すことが男女を問わず可能となった。単為生殖が機械によって可能となり、育児用ロボットが普及したことで、人口は爆発的に増えた。現代ではロボット達が社会を回すことで人々は争うことなく平和に暮らしている。何百億もの人間が母数であれば、ほんの少しの割合で生産者・創作者になりたがる者がいればそれはかなりの数になる。彼らによって、文明はより発展して生活はより便利になり、このように日々生産される新しい娯楽に興じることができるのである。  これらの歴史はすべて教育ロボットによって教えられた。前時代には世界中に存在した「学校」の代わりに、教育用ロボットが生きるために必要な知識や教養を各家庭でインプットしている。  そんな時代に協力型ゲームやチームスポーツは流行らない。上級者とチームを組むことで勝ち馬に乗りたがる初心者の需要は一定数あるため、協力プレイ機能は多くのゲームで実装されているが、いかんせん誰も協調性がないため大抵の場合連携はひどいものになる。そのため、自力で勝つことができる上級者は協力プレイモードで遊ぶメリットが皆無である。カナタの提案はオブラートに包んで言えば変人、悪く言えば異常者のものである。 「後衛、任せてくれませんか?一度だけでいいですから」  いつの間にか、カナタは映像をつないでいて、手を合わせて頼まれた。その顔立ちはかなり整っていた。 「1回だけなら」  以前、ふざけてその場のノリで同じランク帯の顔も知らないフレンドと協力モードで遊んだことがある。その時の連携はひどいものでフレンドリーファイアをかまされ、わけのわからない初心者に負ける有様であった。相手は激怒して、フレンドを解除された。けれども、カナタは礼儀正しい印象だ。10歳くらいの子供の姿のアバターを使ってはいるが、本当に分別のつかない年代の子供ということはなさそうだ。仮に連携がうまくいかずに負けたとしても、当たり散らすようなことはなさそうだったので了承した。ほんの気まぐれだった。
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