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「楓!右に敵が来ています。撃ってください!」
「ラジャー」
「楓、後方注意。このままだと挟まれます」
「ラジャー。左は任せた」
「すみません、ミスしました」
「ドンマイ。切り替えていこう」
相手が初心者でこちらが両方上級者だったこともあり、対人戦は2戦2勝したので、コンピューターとの対戦をした。こちらは惨敗だった。1回だけのつもりが思いのほか楽しく結局3戦プレイしたことに自分でも驚いている。
カナタとの協力プレイは決してストレスフルではなかった。当然お互い協力プレイモードなんてほとんどやったことがないので、お世辞にも完璧なプレイングだったとは言い難いが、共闘の意志は間違いなく感じられた。
「お疲れ様です。楽しかったですね」
モニターいっぱいの笑顔でカナタが言った。カナタはアバターの子供をそのまま数年成長させたような顔立ちだった。そして、アバターと同じ二連のシルバーネックレスをつけている。こちらからも、映像をつないでみるか。カナタがあまりにも嬉しそうだったので、柄にもなくそんな気持ちになった。なんとなくその方が「粋」な気がした。
「ナイスファイト。ありがとう」
カナタは一瞬驚いたような顔をした後、身振り手振りを交えながら感想戦を始めた。こうして振り返ってみると、改善点が一目瞭然になり、次は勝てる気がした。あまりにも話がはずみ、しゃべりすぎて喉が疲れてきたので、そろそろ回線を切ろうと思った。
その時、人が人と会う必要なんてなくなったこんな時代に、ガーネットみたいな瞳を煌めかせてカナタが言った。
「会いたいです」
「いいよ」
これもまたただの気まぐれだった。たまたま同じ居住区域に強豪がいたことにテンションが上がっていたのかもしれない。
「部屋番号は?」
今日は半年に1度のグローバル対戦ネットワークサーバーのメンテナンス日のため、ローカル回線を使用して対戦していた。つまり、カナタは同じバベルに住んでいる。
利便性を追求した人類は「バベル」と呼ばれる超巨大ビルを各地に建造し、そこに居住するようになった。下層階に都市に必要な施設を作り、上層階に住民が住む。このバベルの人間は皆、7階の保育器で生まれ、特別な事情がなければバベルを出ることもなく一生を終える。最悪、部屋から出なくても生きていけるくらいだ。
「506-31です」
「OK。今行く」
「お茶を用意して待っていますね」
手の甲に触れて、埋め込まれたナノチップの電源をオンにして廊下に出る。生まれた直後に体内に埋め込まれた端末一つで部屋の鍵の管理はもちろん、エレベーターや施設を使用する際のID認証も可能だ。
手の甲をかざして652階にエレベーターを呼び寄せる。506階に向かう際、エレベーター内の治安維持ロボットに制止された。他人の部屋に行く文化は存在しないので、506階で降りる人間は不審者として認識されたのだろう。ナノチップは空中にモニターを出現させたり、インターネットに接続したりすることもできるので、カナタとのやりとりのバックアップを見せた。一瞬で認証され、エレベーターは506階へと動き出した。
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