握手、友情の始まり

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 他の家庭がどういうものなのか分からないが、これがスタンダードだと思っているので、寂しいという発想は今日まで考えもしなかった。決して親が嫌いなわけではないが、カナタからはドライに見えるだろうか。こちらから逆に聞いてみる。 「そう聞くってことは、カナタは親がいなくて寂しいの?」 「寂しいですけど、親の夢は応援したいので。でも、寂しかったから楓に声をかけたわけじゃないですよ。一緒にゲームして楽しい人とはきっと仲良くなれると思って。ゲーム以外でも一緒に遊んでみたいなって思っただけです」  どうやら懐古主義者は「人」に重きを置いた考え方をするようだ。現代人は、コンテンツそのものに重きを置くのでそれを誰と楽しむかは重要視しないので新鮮だった。懐古主義者が好む古代の娯楽とやらに興味がわいた。 「いいよ。何して?」 「親とはよく遺跡巡りをしていました。あとは狩りとか」 「狩り!? ハンティング?」  丁寧な口調と人畜無害な見た目とは結び付かないワイルドな趣味に素っ頓狂な声をあげてしまった。 「もちろんちゃんと銃刀法は守っていましたよ。狩猟が許可されている区域以外で発砲したら、こちらがロボットに撃たれてしまいますし。狩猟区域で野生動物を撃って、料理して食べてキャンプをしたりしていました」 「うぇえ……寄生虫とか怖そう」 「そのあたりはスキャンすればAIが見極めや処理をしてくれるので」 「そこは現代的なんだね」  ナノチップにはスキャン機能も搭載されている。自分の体をスキャンすれば体調を管理でき、どんな小さな病気の兆候も見逃すことはない。食物にかざしたことはないが、おそらく毒や危険物の反応もチェックできるのだろう。 「いくら懐古主義者だからって、現代文明を全否定しているわけではないですからね?現代文明の恩恵は享受しつつ、古き良き文化を楽しんでいるだけですから」  原始人扱いされたと感じたのか、拗ねたような口調でカナタが答えた。 「ごめんごめん、気を悪くしたなら謝るよ」 「怒ってないですよ」  カナタはにこっと笑った。カナタは表情がころころ変わる。 「あのさ、狩りってどうやってやるの?」  先ほど聞きそびれたことを聞いてみる。狩りはかなり興味深い。 「銃で撃つんですよ。光線銃より実弾の方が威力も射程距離もあるので、そちらを使えばかなり大物も仕留められるんですけど……実物、見てみますか?」 「見たい! 見る見る!」  久しぶりに大きな声を出して、身を乗り出して返事をした。  カナタが隣の部屋に案内してくれた。光線銃や散弾銃、ライフルとかなりいろいろな種類の銃器が取り揃えられていた。ナノチップの遠距離モニターと連動することも可能で、そうすればより正確な長距離の射撃も可能らしい。FPSガチ勢としては、この上なく興奮した。ひたすら「すごい」と「かっこいい」を連呼した。弾の入っていない実物を触らせてもらったりもした。 「もしかして、撃つのがやたら上手かったのって本物つかったことがあるからだったりする?」 「かもしれませんね。あのゲーム、本物と同じ感覚で撃てるので。もちろん、人に向けて撃ったことはないですけど」 「すごい……リアルスナイパーだ」 「どちらかというとハンターですけど、その喩えは嬉しいです」  カナタがすうっと小さく息を吸うと、意を決したように言った。 「あのっ……楓もやってみませんか?」 「やるって、狩りを?」 「はい、銃は貸すので!」 「いいの?」  興奮が止まらない。カナタはなんて気前がいいのだろう。 「はい。一緒にやりましょう!」 「ありがとう。今日ここに来てよかった」 「自分も、楓とこんなに話せて楽しかったです。懐古主義者だって言うと引かれたり、偏見を持たれたりしてしまうことも多くて。コレクションを褒めてもらったのも初めてなので、楓に使ってもらえたらこの子達も喜ぶかなと思いまして」 「別に懐古主義者って悪いことじゃないと思う。だってカナタはいい人だし」  緊張しているように見えたりおどおどしたりと忙しそうなカナタはまた笑顔になった。 「では、今からもう一言だけいかにも懐古主義者的なことを言ってもいいですか?」 「どうぞ」 「楓と友達になりたいです」  友達。その場限りの出会いばかりの世界で、概念だけが独り歩きしている言葉。古典の「学園モノ」を読んで、知識としては頭にあるけれど、実感できない幻のような言葉。  正直、友達がなんだかいまいち分からないけれど、友達になれば気軽に遊ぼうと約束できるのだろうと思った。悪くないと思った。 「喜んで」  形だけ教養として知っている前時代の作法にのっとって、カナタと握手をした。
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