祈りと指切り

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「行きたい……! 行くよ、カナタ!」  頷いてカナタの手を握り返す。 「大物って、クマ?」 「クマもいるかもしれませんね、狙いは巨大イノシシですけど。船でイノシシが生息する島に渡ります。大丈夫ですか? 怖くないですか?」 「上等。ロマンの塊じゃん」 「それでこそ楓ですよ」    胸が躍った。ついに、あのカッコいい大型の実弾銃を使わせてもらえる。 「相手も強いですし、僻地なので、万が一の際のロボットの援軍もありません。覚悟はありますか?」 「そこは訂正しておくよ。どんな島にも最低限の治安維持ロボットくらいいるから大丈夫。法律で、無人島でも5平方キロメートルあたり最低1体は置いておかないといけない決まりになってるって親に聞いた。最も、離島だったら2,3世代前の型が主流だし、最低限しか置いてないとは思うけど」 「あっ……釈迦に説法でしたね。恥ずかしいです。ごめんなさい」 「ううん、気遣いありがとう」  ロボットの知識をひけらかした形になってしまったので、フォローをしておく。しかし、そんなことよりも、今は大事なことがあった。 「あのさ、これ、さっき拾った。カナタの無事を願うって意味で、一応首飾りの形にしてみた。でも、重いし絶対首凝っちゃうから、無理してつけなくていいから。お守り、的な感じで、持っててくれたらうれしいなって。ということで、あげる」  しどろもどろになりながら、先ほど拾った球体に紐をつけたペンダントを渡す。 「すごく嬉しいです。ありがとうございます」  カナタはペンダントをつけた。 「似合いますか?」  「似合うけど……重くない?」 「全然重くないです。一生大切にします」 「ずっとつけてたら、首と肩バッキバキに凝るよ」 「こう見えて鍛えているので問題ありません」  カナタは目を細めて喜んでいる。 「なんか儀式みたい、首飾り交換するのって」 「贈り物、特に装飾品には全部意味がありますからそんな気がするのも当たり前ですよ」 「カナタ以外に何かをプレゼントしたことないから全然知らないや」 「そうですね……たとえば腕時計だったら『同じ時を刻みたい』、ピアスなら『自分の存在を感じてほしい』……とか」 「やっぱり、カナタは何でも知ってる」 「楓はスピリチュアルな話をしてもバカにしないでくれるから、安心して話せるんですよ」 「だって、カナタの話面白いからいくらでも聞いていられる」  正確にはよくわからない話も多いが、カナタが楽しそうに話すのを聞いているとこっちまで楽しい気持ちになってくる。カナタとはしゃべっているだけで何日だって過ごせそうだ。 「じゃあ、なんで満月の翌日にしたのかも話していいですか?」 「それも、宗教的な何か?」 「はい。10月の満月はハンターズムーン、狩人の月って呼ばれているんです。古代ギリシアでは月の女神様であるところのアルテミス様は狩猟の女神様としても信仰されていたんです。だから、満月の日にお祈りすればアルテミス様のご加護がありそうでしょう?」  カナタはいわゆる多神教徒だ。いろいろな神様に敬意を払っている。この話は月を見ながら聞きたかったけれど、今日は曇っていて残念だ。 「だから、楓がこの満月にアルテミス様が描かれたペンダントをくれたこと、すごく嬉しいんです。この宇宙のどんなお守りよりも、心強いです」 「喜んでもらえてよかった。でも、そんな神話があるなら月の夜に渡した方が粋だったかな?」  粋かどうか、という価値観が自分の中でそこそこのウェイトをしめるようになってきたのは間違いなくカナタの影響だ。 「お月様のお話も、お星様のお話も、島でいくらでもします。お星様にはたくさんの神話があるんですよ」 「楽しみにしてる」 「自分もワクワクして今から眠れなさそうです」 「本当に。狩猟の神様の加護があれば何でもできそうだ」 「そうですね。あっ、でもくれぐれも無茶はダメですよ。怪我するような危ないことはナシです」 「それはカナタこそ」 「約束です。ちゃんと無事に二人で帰ってきましょう」 「うん、約束」  小指を絡めて指切りをした。カナタに教えてもらった古代の儀式。雲に隠れて見えないけれども、上弦の月が見守ってくれているような気がした。  
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