君の指は赤い魔法をかける

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君の指は赤い魔法をかける

 満月の前日の朝、自動操縦の小舟に2人きりで乗って島を目指した。潮風が痛いくらいに体にあたったが、これぞ冒険という感じでかえって粋だった。島にはあっという間についた。 「それでは、さっそく狩りに行きましょうか!」  船を飛び降りたカナタが楽しそうに言った。 「あれ? 狩りは明後日じゃなかったっけ?」 「それは行ってのお楽しみです」  島から本土を望むと、冒険のスタート地点だったバベルが堂々とそびえたっているのが見えた。この距離で見えることは、バベルはかなり巨大なのだと実感する。カナタと出会う前はあの中が世界の全てだった。でも、カナタと出会って世界の広さを知った。  これから始まる冒険を親もいるバベルに向かって思いっきり叫んで自慢したい気持ちと、カナタと2人だけの秘密にしたい気持ちが自分の中に混在している。  山道を一歩、また一歩と登っていく。まわりの木々は赤く色づいて、グラデーションを描いていた。 「なるほど。狩りは狩りでも、紅葉狩りってわけね」 「あまり興味がなかったですか?」 「そういうわけじゃないよ」  正直なことを言うと、最初は興味がなかった。けれども、カサカサと鳴る落ち葉を踏みながら山道を進むにつれてその考え方は変わった。紅葉は綺麗だ。  頂上に上って、渓谷を見下ろす。炎のように赤い紅葉が岩壁を彩っていた。緑色の夏の名残からカナタのガーネット色の瞳のような深紅まで様々な色のグラデーションが、雄大に広がっていた。ずっと見ていても飽きなかった。  カナタが教えてくれた飯盒炊爨でカレーを作って食べた。綺麗な空気と美しい景色の中で優雅に食べるご飯は、米が少し焦げていても美味しかった。  夕方になって、紅葉と空の境目が少しずつ曖昧になっていく。そんな時、昆虫が目の前に現れた。スキャンしたところ、「アカトンボ」の名前が表示された。毒は持っていないようだ。 「捕まえてみますか?」 「捕まえられるの?」 「はい。結構簡単なんですよ」  カナタがアカトンボの前に人差し指を突き出して、空中に円を描いた。まるで催眠術をかけるように何度も指を回す。動きが鈍くなったトンボは、カナタの長い人差し指に止まった。 「ほら、簡単でしょ?」  その姿はさながらファンタジーの世界のインセクト・テイマーのようだった。夕焼けの中、カナタの長く綺麗な指に1匹のトンボが止まる。いつか見た西洋画の赤い世界観を思い出す。そのタイトルは覚えていないけれど、あの赤は世界で一番きれいな赤なのだと思っていた。けれども、それが間違いだったことに気づく。今、瞳に映るガーネット色の瞳のカナタと夕焼けと紅葉とアカトンボが紡ぐ赤い世界がこの世で一番美しい赤だ。 「魔法みたい」  声は心の中に留めておくことが出来ずに漏れ出た。
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