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さくら散る
中学2年生、冬。
思春期真っ只中である。
「さみぃー」
同じクラスメイトで同じサッカー部の恭平が言う。
2人でダラダラ廊下を歩きながら適当な雑談を交わし
教室で自分の席に着く。
また今日もいつもと変わらない授業。
いつもと変わらない窓の外。
こんな毎日がずっと続くのかぁー……
と鬱々した日常の繰り返しだった。
が
「おはよー」と女子たちの挨拶が聞こえた。
そのうちの1人の女子に目線が行き、妙に火照る。
同じクラスメイトの大代春香。
最近何故か春香を見ると、なにか暑くなる。
別にきっかけは何も無い。
強いて言うなら1ヶ月くらい前から
「誰よりも可愛い」と思えてしまったからだろう。
「健一、お前また女子見てんな」
と恭平に茶化される。
春香へのこの気持ちは誰にも喋っていない。
1番中のいい恭平でさえ、言ってしまえば
俺の中学生活が台無しになるんじゃないかと思えて
喋ることが出来なかった。
なにせ、田舎の中学校で全校200人足らず、
俺の学年は全員で68人、クラスも2組で34人ずつ。
噂話なんて秒速で広まってしまうような学校だ。
勿論恋愛系の噂なんて格好の餌食。
「ちげーし!恭平、昨日のジャンプ見た?」
「見た見た!ブリーチやべーよな!!」
なんとか話題を逸らし、担任が来て朝礼へとあり着く。
とっくに自分では気付いていた。
俺は春香が好きだ。
だけど、春香とは、ほぼほぼ喋ったことがない。
なんというか吹奏楽でフルート吹いてて、
気品があって清楚でお嬢様タイプで、
無粋で雑把な俺とは相反する存在……
例えるなら月とスッポン?美女と野獣?
まぁそんな感じ。
誰にでも隔てなく喋るタイプの俺ではあるけど
そんな関わることもあまりなかった。
だから下手に喋りかければ噂になるし、
なによりも話す話題が全く見つからない。
がしかし、神様はそんな俺を見捨ててはいなかった。
3学期に入っての席替え、なんと俺の席の真後ろが
春香の席となったのだ。
この時ほど神様に感謝したことは、無い。
ありがとう神様、ありがとう担任の奥田先生。
かといって、プリントを渡すくらいしか接点がない……
知恵を振り絞って消しゴム拾ってもらう作戦も
ゴムが思うように弾まず、隣の席の尾崎さんが
拾ったりと結局進展なし。
ただ、「おはよう」と言い合うことができるようになり
それだけが毎朝の楽しみだった。
そんなある日、学校の校門前で
男子5、6人で恋愛話になった。
好きな人いるかとか、
誰が好きとかみんな話していた。
無論、俺は他の友達をからかうだけで
自分の話はしない。
だけど、ほんの少し話したくなっていた。
自分の想いをこんな風に誰かと共有できたら
少しは楽なんじゃないかと思えたから。
話が終わり、これまたクラスメイトの
浩二と2人で一緒に帰っていた。
「健一はさ、好きな人とかいないの?」
「んー、どうかな」
「その反応いるじゃん!!誰誰??」
「いや、恥ずいし言えねーよ!」
「誰にも言わないから言ってみろって!!」
「絶ッッッッッ対誰にも言わない?」
「絶ッッッッッッッッッッ対誰にも言わないから!な?」
「春香……」
「マジで!?うぉー!!意外!!!!」
「うるせー!絶対言うなよ!!」
なんて感じでポロッと浩二に言ってしまったことが後に大惨事へと繋がる……
次の日、また昨日と同じメンバーで下校前に
恋愛話になった。
その中に恭平も浩二もいた。
「ふっふっふっ、健一、好きな人いるぞっ!」
浩二が言う。
人生で初めて殺意というものが芽生えたのは
まさにこの瞬間だろう。
「誰誰ー!?」
瞬く間にヒーローインタビューの様に質問攻めに合う。
終わった……終わったよ俺の恋……
確かに誰とは言ってはいないが好きな人がいることを
リークするのも反則なのでは?浩二くんよ。
恭平が言う。
「健一、俺にも言えないのか?」
ガチやん。
ガチで聞いてるやん。
もうどうにでもなれと思い
その場の全員に向かって
「俺は春香が好きなんだよ!!!!!」
言っちゃいました。
終わっちゃいました。
1人に知られてこれだ、5人知れば芋ずる式で
本人の耳に届くのも時間の問題。
5人の響く歓声の中、俺は顔を真っ赤にして
家へと帰って引き出しを漁った。
「あった」
当時、個人情報が厳しくなる前で同じクラスの
全員の連絡先が書いてある紙を、
学校は学年が変わる事に配布し、俺は探し当てた。
学校にいる時から、どうにでもなれだ。
そう思いながら春香の欄にある不規則な番号を
恐る恐る家の電話で不規則な数字通りに押していく。
「pururu……pururu」
もう舵のきかなくなった船の如く、まさに暴走していた。
「もしもし、大代です。」
奇跡的に春香だった。
「えーっと、健一だけど……」
「あぁ!どうしたのー?」
「えーっと、えーっと」
思うように言葉が出ない
「あのさ……その……俺…………好きです。」
「え?は?」
「春香のことが好きです……」
「…………」
この沈黙がまさに生き地獄というやつだろう。
「今はちょっと……」
「だ、だよな!!ごめん変なこと言って!!ほんじゃまた!!」
ガチャン……
さっきまでの上がっていた息はどこに行ったのか
急にひとりぼっちで家に居るのが切なくなった。
とりあえずシャワーを浴びよう。そう思い浴室へ。
シャワーを浴びながら泣いた。
落ちていく雫がシャワーなのか涙なのか
わからないくらい泣いていた。
結果はわかっていたし、そりゃそうだよなとも思う。
けど……なんか悔しかった。
思い返せば、生まれて初めての失恋だった。
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