それは流れて

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 自分を包む重力がふと消えた瞬間を知った。生温い風と共に意識が流れてどこかへ行ってしまいそうになる。ああ、そうか僕は死んだのか。借り物だった身体を返して意識のまま浮遊するのはどこか心地よく、死を受け入れるのにもそう時間はかからなかった。どうせ遅かれ早かれ死ぬと思ってた。あれだけの残業をこなせる訳がなかったんだ。自分に限界が来ていることにも目を瞑り仕事をしていたその最中、通勤途中にふと力が抜けた僕はそのまま落ちた先が駅のホームだった。そしてそこからの記憶はない。  今は――これは、何をしているんだろう。僕はただ空のようなあたたかな空間を漂って、さて、どうするべきなのだろうか。 「四十九日、暇ですよね〜」  ふいに気の抜けた言葉が頭上から声が落ちてきて心臓が跳ねた。と、言ってもその心臓ももう止まってるからそんな気がするだけだけれど。 「まあ、そうですね」  その言葉の主はまるで天使のようだった。少年にも少女にも見えるその姿と、中性な声。全体的に白を帯びているオーラは天使としかいいようがなく。 「天使、ですか?」 「あ〜よく言われます」    では違うのだろう。じゃあなんなんだ? 「レンタル屋です、ただの」 「……ただの」  レンタル屋という言葉に反応すべきところを、つい間違えた。自己紹介を終えて満足気なレンタル屋は後ろに手を組んで一歩下がった。 「成仏するまでの間、みなさんお暇そうにしてるので声をかけてるんですよ。どうです?お話、しませんか?」  身体をゆらりと揺らしたレンタル屋は、僕に何をレンタルさせる気なのかすら話さずに、ただの世間話を持ちかけてくる。怪しげなのにもかかわらず、誘いを断らせない柔和さを持ち合わせているレンタル屋の雰囲気に半ば飲まれてしまった僕はその場に座り込んだ。 「おっ、私も座らせてもらいますね〜」 「レンタル屋って言っても、何をレンタルしてるんです?」 「貴方、どうやって死んだんですか?」  僕の質問を遮ってぶつけてくる不躾な質問。だがそれにも不快感は覚えない。このなんとも言えない、するりと指先から逃げていくような存在のレンタル屋に翻弄されながら僕は結局、自分の死因について話した。あまりにあっけなかった自分の終わり。だからだろうか、話し終えるのも早かった。 「未練とかあります?」 「……言われてみればないかもしれないな。酷く辛い生活だったし、恋人もいなかった。楽になれたならそれでいいと思えてしまうよ」 「それなら平気そうですね、四十九日までに成仏できるんじゃないでしょうか。いやあね、四十九日を過ぎても成仏できない人ってのは悪霊になってその辺をずっと彷徨うことになるので、それは嫌でしょう?」  輪廻の仕組み、のようなものを聞かされ、はあ、と答えた。もっと自然的に巡るか、それか漫画やドラマで描かれる空想の世界のように手続きなんかがあると思ってたがこれほどにも受動的だったのかと少しそれには驚いた。こちらがなにかする必要はなく、ただそこに居ればレンタル屋のような人間がやってきたりして仕組みを説明し、それに則ってただ空間を漂っていればいいのだから。何をしても怒鳴られ頭を叩かれる職場での自分とは大違いだった。
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