第16話 そんなところまで父親に似ますか。

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第16話 そんなところまで父親に似ますか。

   ***     「ママ、いただきます!」 「はい、いただきます」  佑が手を合わせたのを見て、泉も同じように合わせた。  今夜の夕飯は、佑の大好きなミートソースのスパゲティだ。もちろんソースも手作りで、多めに作ったので、残りは冷凍しておいて次回に使うつもりだ。  ゆで卵とブロッコリーとレタスのサラダもある。ドレッシングはサウザンアイランドにした。 「おいしいね、ママ」  口の周りをミートソースだらけにしながら、佑が笑っている。そんなところも可愛くて仕方がない。 「ちゃんとお野菜も食べるのよ、佑」 「わかってるよぉ」  フォークでブロッコリーを差して口に運ぶ佑は、野菜も割ときちんと食べる。  どうしてもトマトだけは苦手らしいが。 (そういえば、蒼佑さんもトマトがあまり得意じゃない、って言ってた……)  先日、岸本の仕事場で会った時、お互いのプロフィールを口頭で交換したわけだが、蒼佑が好きな食べものは『肉』で、嫌いなものは『トマト』だと言っていた。  トマトソースやケチャップは大丈夫だという、典型的なトマト嫌いな人の傾向なので、笑ってしまったのを思い出した。  佑も好きな食べものは『ハンバーグ』と『からあげ』という、肉料理好きだ。 (好き嫌いまで似てるんだから……)  泉は苦笑いでため息をついた。  あの日、蒼佑とは連絡先を交換して別れた。  もう数日が経ったが、未だになんの連絡も来ないし、泉も連絡していない。  泉が課した課題、蒼佑は一体どうするつもりなのだろう……それが少し気になってはいたが、泉は泉で毎日の生活に忙しく、それを彼に尋ねる時間も、余裕もなかなかない。  どうなるのだろうと考え込んでいると、佑が声をかけてきた。 「ぼくねぇ、ママのごはんがいちばんすき。いちばんおいしい」 「ほんとう? ありがとう、佑」  眩しい笑顔で言われ、泉までニヘラニヘラしてしまう。  基本的に保育園では昼食が出る。週末にはファーストフードも食べたりする。  けれど泉が作るご飯が一番好きだと言ってくれる息子に、泉は感謝していた。 「ねぇママ……このまえ、りょうくんのおうちでえみりちゃんとあそんだでしょ?」 「あ……うん、そうだね。遊んでもらったね。楽しかった?」 「うん! ……えみりちゃん、やさしくてきれいですき」 「え……っ」  頬をほんのり染めながらの返事に、泉は少なからずショックを受けた。  佑はこれまで、泉や梢以外の女性への好意を口にしたことなどなかったからだ。しかもこう言ってはなんだが、英美里は佑にとってはポッと出の女性だ。たった一度、ほんの短い時間、遊んでもらっただけなのに。 (やっぱり、血のつながりでも感じてるのかしら……)  佑にとって、英美里は叔母にあたる。だから近しい何かを感じているのだろうか。  首を傾げていると、食べ終わったらしい佑が「ごちそうさま」と手を合わせて、そばに置いておいた濡れタオルで口元を拭いた。 「――でもね、ぼくママがいちばんすき。二ばんめはこずえちゃん。その次にえみりちゃんがすき」  にこっ、と音がしそうなほどの笑みで、佑が言った。  泉の次は伯母と叔母が後に続いている。一位から三位まで、全員が身内だ。 「そんなに英美里ちゃんが好きなの? 保育園で好きな女の子とかいないの?」  そういえば、佑の口から保育園の女の子の話をほとんど聞いたことがない。男の子の友達の名前はよく出てくるけれど、女の子の名前は出た試しがないのだ。 「……ほいくえんのおんなのこ、ケンカするからこわい」  さっきとは一八〇度違う、落ち込んだような声音でぼそりと呟く。  よくよく話を聞いてみると、どうやら、佑と遊びたい女の子たちが佑をめぐってよくケンカをするらしい。  だからいつも、男の子としか遊ばないのだと、佑が言う。 「はは……そうなんだ……」 (もう……そんな風に過激にモテるところまで、父親に似なくていいんだってば!)  泉はやれやれとかぶりを振った。 「……ぼく、やさしいおんなのこがすき。だから、えみりちゃん、すきなんだ」  どうやら佑の中では、英美里の株がストップ高になっているようだ。  父親よりも先に叔母にがっつりと懐いてしまった息子に、泉はなんとも言えない気分になったのだった。    その翌日、ついに蒼佑から連絡が来た。アプリを介した彼からのメッセージには、 『泉からの課題は順調に進んでる。ここを見てくれれば分かる』  とあり、その下にはSNSのURLが載っていた。  開いてみると、それはどうやら蒼佑のアカウントらしかった。  アイコンなどはデフォルトのままだし、アカウント名も『ひたすら感想をあげる男』となっている。  プロフィールには、 『子どものために観た番組の感想を呟きます』  とあった。 「これ……課題のためだけに作ったアカウント……?」  蒼佑がアカウントを作ったのは、どうやら数日前のようだ。  さらに見ていくと、最初の投稿には、 『これをすべて観て感想を述べていくことにします』  とあり、添付されていた写真には、山積みになったブルーレイディスクが写っていた。  それは全部、泉が指定した作品のセルブルーレイだった。 「え……もしかして、全部買ったの……?」  泉は思い切り目を見開いた。  どうやら蒼佑は財力にものを言わせるという、力業に出たようだ。  別に買って観ろとも買うなとも言っていないので、それは本人の自由なのだけれど……。 (まったく、これだからお金持ちは……)  泉は半分呆れるも、とりあえず引き続き投稿を見ていくことにする。  蒼佑は、まずは一昨年のライダーものから観ることにしたようだ。 『第一話:主人公・カイは異世界から転移してきた少年らしい。異世界から飛ばされた聖なる弓を探しに来たということは、このライダーは弓を使うのか……? しかし、異世界から来たのに日本語を話しているな、主人公……。子どもたちは気にならないのだろうか』 『第二話:初めサラリーマンに擬態していた悪役のスーツアクターの動きがキレッキレで、ライダーの攻撃を受ける所作が素晴らしく機敏だった。完全に配役を間違っているのではないかと思った。これではライダー側がかすんでしまうのではないかと心配になるが、まぁ、俺の杞憂に終わるのだろう……多分』  こんな調子で、すでに十話まで進んでいた。  感想は内容に触れていたり、役者の演技に言及してみたりと、視点も様々だ。  文面からも真剣さが伝わってきて、なんだか面白くて笑ってしまった。  今のところちゃんと観てくれているのだなぁと、泉は安心したのだった。
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