第22話 親子始めました。

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第22話 親子始めました。

   ***      佑と蒼佑の対面場所は、菅原家からバスで十分の総合公園にした。広々としていて、グラウンドあり、遊具もあり、遊歩道もある。犬の散歩をする人や、家族連れもたくさん訪れる。  二人はすでに一度顔を合わせているものの、初対面同然だ。お互い手持ち無沙汰にならないよう、遊べる場所がいいと、泉が考えた。  泉はサッカーボールとスポーツドリンクと、それから佑の着替えを持った。  待ち合わせは、公園の駐車場。蒼佑が車で来るからだ。  泉と佑は総合公園前の停留所でバスを降りる。駐車場に入るとすでに車がたくさん駐められていた。  世間はお盆に突入したばかり。家族連れがあちこちの車から降りてくるのが見える。  駐車場を囲んでいる植え込みが数カ所途切れているのは、園内に続く歩道になっているからだ。人々は続々と吸い込まれるように入っていくが、その流れには乗らずに、少し離れた歩道に立っている男がいた。 「あ、いた……」  泉の心臓は、いつになく逸っていた。父と息子として初の対面なのだ。昨夜は、二人をどうやって紹介しようかずっと考えていて、なかなか眠れなかった。  二人が仲良くなれればいいな――ここ数週間、そればかりを思ってきた。  佑の手を引き、彼の元へ向かう。二人の姿に気づいた蒼佑は、そっと手を上げた。どうやら向こうも緊張しているようで、こちらに振る手の動きがぎこちない。  蒼佑はTシャツにコットンパンツというラフな服装だった。手には帆布のトートバッグを持っている。 「蒼佑さん、おはよう」 「おはよう」  挨拶を交わした後、そっと隣に視線を下ろす。  佑は興味深そうに、目の前の男を見上げていた。 「ママ……このひと、りょうくんのおうちにいたひと……」  岸本の家で会ったのを覚えているらしい。佑は泉の手をぎゅっと握り、泉と蒼佑を交互に見た。 「よく覚えてるね、佑」  泉が佑の隣にしゃがむと、続いて蒼佑も佑に目線を合わせてしゃがんだ。 「ママ……どうしたの?」  いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、佑はどこか不安げな表情で、泉の顔をうかがっている。  泉は泉で、少しでも緊張を解そうと何度も深呼吸をして。最後に大きく息を吸い、そして。 「あのね、佑。この人は……佑の、パパなの」  刹那、蒼佑の息を呑む音が聞こえた。 「……」  泉の言葉を聞いた佑は、じっと蒼佑を見つめている。それから少しして、探るような声がした。 「……パパ?」 「……そうだよ」  蒼佑がふんわりと笑うが、佑は戸惑ったようにぽつりと言う。 「ママ……パパとなかよくできなかった、っていってた……」 「佑……」  そういえば、佑に父親の存在を尋ねられた時に、 『パパとママは、仲よくできなかったの。だからどこかで生きてはいるけれど、もう会えないの』  と、答えたことがあった。もちろん、蒼佑と再会するずっと前だ。  佑はその時のことを覚えていて、父と母が「仲良くもないのに我慢して会っている」のかと心配しているようだ。 「佑、ママとパパね、仲直りしたんだよ。佑だって言ってたでしょう? ケンカしたらちゃんと仲直りしなきゃダメって。今はもう、仲良しだから安心して? ……だから佑も、パパと仲良くなってくれたら嬉しいな」  泉は蒼佑に目配せをする。 「佑、パパな、ずっと外国にいたんだ。今まで、会えなくてごめんな。これからはいつでも会えるし、たくさん遊ぼう」  ずっと海外に住んでいた、というのは、泉と蒼佑が相談して決めた『離れていた理由』だ。幼い佑に、まさか馬鹿正直に本当の理由を話すわけにもいかないので、こう伝えようと事前に擦り合わせておいた。 「ほんとに……? あしたもほいくえん、お休みなの。あそんでくれる……?」 「もちろん。お盆休みの間は、毎日遊べるぞ」  泉の方に勢いよく振り返った佑の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。不安げに揺れていた瞳は、キラキラと輝き出す。 「よかったね、佑」  泉が言うと、佑はこくこくとうなずいた。  それから三人は、佑を真ん中に、手を繋いで公園に入った。  まずは遊具のエリアに行き、身体を動かすことにする。そこにはさまざまな複合遊具が設置されていて、すでにたくさんの子どもたちが遊んでいた。 「パパ……いこう?」  おずおずといった様子で、佑が蒼佑に声をかけると、蒼佑は泉をチラリと見る。 「荷物、私が持ってるから」  泉はフッと笑って手を差し出した。蒼佑から受け取ったトートバッグの中には、フライングディスクや砂場用道具など、子どもの外遊びの玩具が詰まっていた。 (用意してくれてたんだ……)  蒼佑はどんな顔でこれを買ったのだろうかと、泉は想像してつい、にんまりしてしまった。 「行ってくるね、ママ」 「泉、行ってくる」 「うん、行ってらっしゃい」  佑と蒼佑は、手を繋いで遊具に走って行く。泉は持っていた日傘を広げ、邪魔にならないところから二人を見守ることにした。  初めはどことなくぎこちない空気を纏っていた二人だが、すぐに慣れたのか、佑はかなり楽しそうに蒼佑の手を引き、あちらこちらと動き回っている。 「パパ! こんどはあっちのブランコにのりたい!」 「いいぞ。パパが後ろから押してやるから」  ブランコに乗った佑の背中を、蒼佑が押している光景は、まさに父子の休日の光景だ。  元々が人懐っこく、他人である岸本にもすぐに懐いた佑だ。父親である蒼佑ならなおさらのようで、あっという間に二人の距離は縮んでいった。 「こうして見ると……本当に親子ね」  仲良く遊んでいる佑と蒼佑は、本当にそっくりだった。周囲から見ても、普通に仲良し父子(おやこ)に見えるだろう。  距離の縮まる速度だって、ひょっとしたら血の繋がりが関係しているのかもしれない。  ブランコから降りた佑は、眩しいほどの笑顔で、蒼佑に抱きついて甘えている。そして蒼佑も、初めこそ息子との距離感を掴みかねていたようだが、今は一緒になって楽しんでいるように見える。  生き生きとした親子の姿を見て、泉はだんだん申し訳ない気持ちになってきた。 「こんなことなら……もっと早く会わせてあげればよかった」  ぽつりと一人、呟く。  意地になって会わせないままいたけれど、それは泉のエゴだったのではないだろうか。  秋山の一連の言葉、泉にとってはかなりショックだったけれど、あの荒療治がなければ、ひょっとしたら今も……この光景は見られていなかったかもしれない。  佑と蒼佑の親子関係の開始を、さらに遅らせていたかと思うと、泉は胸が痛くなったのだった。
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