第23話 失言王の友人は失言大魔王でした。

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第23話 失言王の友人は失言大魔王でした。

 それから二人はあちこちの遊具で遊び倒し、その後は蒼佑が持って来たフライングディスクや、泉が持って来たサッカーボールを使って遊んでいた。  時折、泉の元に戻って来ては、汗を拭きながらスポーツドリンクを飲み、また遊びに行く。  ひとしきり終えた頃には、二人とも汗だくだった。  時間はすでに正午を回っている。泉でさえ軽くお腹が空いているのだから、動き回っていた男子たちはなおさらだろう。佑も「おなかすいた!」と、何故か嬉しそうだ。 「よし、車に戻って着替えたら昼ご飯食べに行こう。……佑、何が食べたい?」  駐車場に戻りながら蒼佑が尋ねると、佑は少し日に焼けた笑顔を見せる。 「おにく!」 「佑は肉が好きなのか? パパも大好きなんだ。じゃあ、肉食べに行こう。泉はそれでいい?」 「あまり高いところじゃなければ」  さすがにこの状況では、高級レストランに連れていかれることはないと思うが、念のため伝えておく。 「心配しなくていい。ステーキとハンバーグの美味しい洋食屋が、この近くにあるんだ。値段もリーズナブルだから」  蒼佑の車は濃紺のSUVで、ピカピカに磨かれていた。  彼はハッチバックを開き、そこに置かれたスポーツバッグの中から、汗拭きシートと新しいTシャツを取り出した。  泉は近くの水道でタオルを濡らしに行く。車に戻ると、蒼佑は上半身裸になっていて、シートで汗を拭いていた。 「……」  蒼佑の身体を見て、思わず五年前の夜を思い出し頬が熱くなってしまった。  あの頃からまったく変わっていない体つきだ。むしろ以前よりも仕上がってすらいる。ジムにでも通っているのだろうか。 (ったく、私は何を考えてるのよ……っ)  可愛い息子の前で、一瞬でも不埒な考えを過らせてドキドキしてしまったことに、自己嫌悪に陥りかけた。  頭の中を無理矢理クリアにし、泉は佑の顔や身体を濡れタオルで拭き、持ってきた服を着せる。 「わ……チャイルドシートまである」  車の後部座席を見て、泉は驚く。幼児向けのチャイルドシートがちゃんと装着してあるではないか。しかもかなり高い代物だ。そして、両サイドのウィンドウには、サンシェードまで取りつけてあった。 「子どもと出かけるにあたって、いろいろ勉強したんだ。チャイルドシートは……実は、秋山がくれたんだ」 「っ、……秋山さんが?」 「泉を泣かせたお詫びだって、一番いいやつを買って贈ってくれた」  秋山の名前を聞いて、泉は吹き出しそうになる。散々責められて泣かされた男だ。普通なら名前を聞くのも嫌なはずだが、泉は何故か笑ってしまった。それにはとある理由がある。  泉が秋山から責められた日、蒼佑は彼女を家まで送った後、秋山を呼び出した。佑を菅原家に送り届けた岸本と英美里にも立ち会ってもらうよう連絡をし、一番集まりやすい岸本のマンションで落ち合うことにした。 『……秋山おまえ、泉に何を言ったんだ?』  完全にキマった目つきの蒼佑に、岸本と英美里も一体何があったのだと、秋山に詰め寄った。  泉に放った言葉を漏らさず聞き出した蒼佑は、怒りのあまり言葉が出なかったのだが、横で聞いていた英美里がそれ以上の怒りを爆発させた。 『最っ低! 知泰くんはもう、お兄ちゃんのマンション出禁よ、出禁!』  怒髪衝天という言葉がぴったりな形相で英美里が言い放つと、便乗するように岸本がしれっと告げる。 『あーあ……泉さんは九条だけじゃなくて、僕にとっても大切な人だからなぁ。……まぁ、出禁は当然かな』 『……っ』  それを聞いた瞬間、秋山の顔色が若干悪くなる。彼は蒼佑に助けを求めるような視線を送るが……。 『……おまえはもう、二度とリカには会わせない』 『……!』  冷たく目を細めた蒼佑が非情な口調で切り捨てた途端、秋山の顔が絶望に彩られた。  実は秋山は無類の犬好きで、中でもラフ・コリーが大好きらしい。昔、動物番組にコリーが出てきたのを見て、その利発さとつぶらな瞳に一目惚れをしたという。しかし秋山の母がアレルギー持ちなので、犬猫は飼わせてはもらえなかった。  だから蒼佑がアメリカでラフ・コリーと似た外観のシェルティを飼い始めたと聞いた一ヶ月後には、サンフランシスコまでリカに会いに来たんだとか。  以来、秋山は飼い主の蒼佑をもしのぐ勢いで、リカを溺愛している。  蒼佑が帰国してからも、リカにおやつや玩具などをせっせと貢いでは愛でていく秋山に、蒼佑や岸本は半分呆れていた。 『そ、それだけは……っ。許してくれ……!! 申し訳ない!!』  真っ青な顔で土下座をする秋山の背中を、英美里が足でぐいっと押さえつける。 『謝る相手が違うよねぇ? 知泰くん。泉さんを泣かせた落とし前は、きっっっちりとつけてもらうから。せいぜい誠意を見せなさいよ』 『こら英美里、行儀が悪いよ。それに、その口調は穏やかじゃないから。……でもまぁ、誠意を見せなきゃいけないのは確かかな。こう見えて、僕も結構怒っているからね、秋山』  英美里が分かりやすい怒りを滾らせながら、カタギとは思えない口ぶりと足さばきを見せるのに対し、岸本は、静かに燃えるような怒りをちらつかせている。  そして蒼佑ははぁ、とため息をつく。 『リカは初対面でかなり泉に懐いていたからな。……泉を泣かせるような男は、リカも嫌いだろう』 『!!』  蒼佑の一言が一番効いたようで、秋山は泉に見せた強気な態度など見る影もなく、憔悴していった。 『リカに会わせてもらえないから謝る、じゃないんだよ? 自分が何をしたのか、ちゃんと自覚をして、その上で謝らないと意味ないんだからね!』  英美里にくどくどと釘を刺された秋山は、『私は失言王の友人・失言大魔王です』と書かれたカードを首から下げ、土下座をした。カードを作ったのも、もちろん英美里だ。  その様子は動画に収められ、泉の手元に届いたのだった。  この謝罪方法、一見ふざけているようにも思えるが、無駄にプライドの高い秋山にとっては、普通に謝罪させるよりも、羞恥心を煽る方が制裁としては効果的だと、つきあいの長い三人が判断した上の措置だ。もちろんそのことは、泉も聞いていた。 『――私、秋山知泰は、菅原泉さんに対し暴言を吐き、傷つけてしまいました。親友のため……と、独りよがりな思い込みで暴走し、ご迷惑をおかけしてしまったことを、ここにお詫びいたします。菅原泉さん、本当に申し訳ありませんでした!』  彼が口にする言葉の真剣さと、カードの文言のちぐはぐさに、泉は吹かずにいられなかった。  その後秋山は、直接泉に会って改めて謝罪をした。それが七月末の出来事だ。  最終的に秋山は、ペナルティとして半年間リカに会うことを禁じられたのだった。  その秋山が、チャイルドシートを贈ってくれたのだと知り、泉は驚いた。 「秋山さんにお礼言わなきゃね」 「あぁ、それはもう俺が言っておいたから、泉は何もしなくていい」 「でも……」 「いいんだ。今度もし会うことがあれば、その時に一言伝えてくれれば」  蒼佑がそう言うなら、無理矢理自分の気持ちを押し通すこともないかと、泉はもう何も言わないことにした。
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