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第24話 そっくり親子はお肉が大好き。
蒼佑の車にはポータブルブルーレイディスクプレイヤーが搭載されていて『もこもこりゅうととんがりうさぎ』が流れている。
「あ、『りゅううさ』だ! パパも『りゅううさ』すきなの?」
「好きだよ。面白いよな? パパは『氷のおひめさま』をりゅうたちが助けるお話が好きだなぁ」
「ほんとに? ぼくはねぇ……『フラワーライオン』となかよくなるおはなしがすきなの」
「フラワーライオン、いいやつだよな。パパも好きだよ」
「ねぇパパ、こんど『りゅううさ』いっしょにみよう?」
「もちろん、いいよ。楽しそうだな!」
蒼佑は運転しながら、後ろに座っている佑と楽しそうに話をしている。何気ない親子の会話だと思うが、泉と佑にとっては、それすら初めての光景だ。
泉は父と子のコミュニケーションを邪魔しないよう、にこにこしながら会話を聞いていた。
レストランに着くと、佑はごくごく自然な仕草で蒼佑の手を握り、もう片方の手で泉のそれを取った。三人、手をつないで店舗に向かう。
中に入り、席に案内されるや、
「ぼく、パパのとなりがいい!」
と、蒼佑の隣をゲットしていた。そんな息子の言葉に彼が感動して震えていたのを、泉は見逃さなかった。
蒼佑はサーロインステーキとハンバーグのミックスプレート、佑はキッズステーキプレート、泉は和風ハンバーグプレートを注文する。
(そういえば五年前の夕食もステーキだったっけ。蒼佑さん、あの時もモリモリお肉食べてたなぁ……)
泉はそんなことを思い出しながら、目の前に座る親子を眺める。蒼佑と佑が並んで肉を堪能する姿も、それはそれはよく似ていて。
「おにく、おいしー」
「うん、美味しいな、佑」
二人は顔を見合わせて笑っている。
(ふふ……おんなじ顔してる)
こんな日が来るなんて、佑を産んだ時には想像もしていなかった。
泉の中で、綿菓子のような幸せが、ふわふわと膨らんでいた。
食事を終えて車に戻り、菅原家に向けて出発するや否や、佑は寝てしまった。
「よほど疲れてたんだな、佑」
「昨日の夜からはしゃいでたのよ、公園に遊びに行ける、って。それに……パパと遊べたのが、すごく楽しかったんだと思う。あんなにはしゃいだ佑、久しぶりに見た」
岸本や英美里と出かけた時も、確かにはしゃいでいた。しかし今日、蒼佑と遊んでいた佑は、はしゃぐだけではなく、かなり甘えていた。やはり父親というものは他の人とは違うのだと、泉は端から見ていて実感した。
それを伝えると、蒼佑が嬉しそうに口元を緩めたのがルームミラーに映る。
「そうかな……。俺も、すごく楽しかった。本当は、すごく不安だったんだ。今まで子育てなんてしたこともなかったから、佑の父親として振る舞えるかとか、ちゃんと遊んであげられるかとか、佑を傷つけてしまわないかとか……。でも、佑が俺のことを『パパ』と呼んでくれるたびに、幸せでたまらなくて、公園で何度も泣きそうになった」
蒼佑はハンドルを操作しながら、しみじみと呟くように言った。
「ちゃんと父親してたと思うよ? 全然違和感なく『親子』だった」
お世辞でもなんでもなく『休日に子どもと遊ぶ父親』としては、満点だったと言っていい。
「泉にそう言ってもらえると嬉しいな。違和感なく見えたのは、きっと、泉が俺に出してくれた『課題』のおかげだと思うんだ。あれに取り組んだことで『子どもの世界』にスムーズに入ることができたし、作品のことをウェブで検索して、そこから子育てのあれこれに辿り着いた。子どもと接するための心構えもできた。だから今日、佑とすんなり仲良くできたのは、君のおかげなんだ。……ありがとう、泉」
「蒼佑さん……」
蒼佑の言葉に、思わず目が潤んでしまった。何度か瞬きをし、涙をまぶたの奥に閉じ込める。
それから五分ほどして、菅原家の前に到着した。泉が家の鍵を開けている間に、蒼佑が眠っている佑を抱っこし、中に運んでくれた。
リビングのソファの上に寝かせると、泉は佑にタオルケットをかける。
「ありがとう、蒼佑さん」
「どういたしまして。……そうだ、帰る前に、泉に渡しておくものがあるんだ。ちょっと待ってて」
蒼佑は部屋を出たかと思うと、封筒を手にして戻ってきた。それを差し出された泉は、首を傾げる。
「何?」
「佑の認知に関する書類。目を通しておいてもらえるか?」
「認知……あ、前に言ってた?」
岸本のマンションで、蒼佑から養育費の提案を受けたのを思い出した。
(本気だったのね……)
蒼佑が本気で認知するつもりなのだと知り、泉は困惑した。あの時の蒼佑は、自分をよく見せるために、あんなことを言ったのだと思っていたから。
でも今、泉が見ている蒼佑は、おためごかしで認知をするなんて言い出す男ではない。
本気で佑を思ってくれているのだと分かる。
「よく読んで、考えて、返事をくれるか?」
「……分かりました。あと蒼佑さん、お盆休みは毎日遊べる、って佑に言ってたけど、約束しちゃってよかったの?」
「もちろん。このお盆休みは、半日だけ墓参りに行ってくるけど、あとは泉と佑のために空けてあるから」
この休みは、親子水入らずで過ごそう――蒼佑は最後に小さく言って笑った。
「蒼佑さん……ありがとう」
そう告げながら、泉はほんのりと頬を染めた。
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