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第30話 間違いなく、完璧に親子です。
案内された部屋へ入ると、悠希が不本意そうな表情で座っていた。そばには警察官がいて、事情聴取をしていたのかメモを取っていた。
「泉、悪かったな」
妻が他人の子どもを連れ去ったというのに、あまりにも軽い口調だ。泉は強い憤りを感じた。
「……小川さん、じゃなくて、高梨さん。あなた一体、桜子さんに何を言ったの?」
捜査員から誘拐の経緯を聞いた時に、悠希の今の名字は高梨であることを知らされた。婿養子に入っていたのを知らなかったので、ずっと『小川さん』と呼んでいたが、興味もないので正直どちらでもよかった。
そんなことより、悠希が桜子に何を吹き込んだのかが知りたかった。どんな風に言えば、誘拐事件なんて起こせるというのか。
「泉が俺の子を産んでいたみたいだから、親権と養育権を譲ってもらおうか、って言っただけだよ。……ったく、桜子のやつ先走りやがって」
(悠希って……こんな人だったっけ?)
憮然とした悠希の態度に、泉は呆れ果てた。
自分とつきあっていた頃の彼は、もっと優しく思いやりがあった気がしたのに。
(まぁ、思いやりがあったら、婚約者をあんな捨て方しないか……)
元々、そういう気質だったのを、泉が見抜けなかっただけなのだろう。
桜子には申し訳ないが、婚約破棄してくれてよかったと、泉は今さらながら思う。
「桜子さんを、ここまで追い詰めたのは、あなたよね? そんな言い方ないんじゃない? そもそも、佑は高梨さんの子どもじゃない、って、何回言ったら分かってくれるの?」
泉の声は震えていた。桜子が精神的におかしくなってしまったのは、明らかに悠希のせいだろう。彼が桜子をもっと支えていれば、彼女は人の子を攫ったりなどしなかっただろうに。
不妊で悩んでいる妻に「元カノが自分の子どもを産んだ」なんて言えば、傷つくに決まっているのだ。そんなことも想像できないなんて。
悠希の思いやりの欠如が、今回の事件を引き起こしたのだ。
「じゃあ、その子が俺の子じゃないって証明しろよ。DNA鑑定を要求するわ」
泉が放った言葉は、微塵も響いていないらしい。悠希は平然とそんなことを言い出した。
「っ、だから――」
「その必要はないよ」
刹那――蒼佑が、ムキになって言い返そうとする泉の言葉を遮った。
「蒼佑さん……?」
「泉、ちょっと佑を頼む」
首を傾げる泉に、蒼佑が佑を託す。「パパ……」と不安げに呟く佑に、
「後でまたパパが抱っこするから、今はママのところにいてな」
蒼佑は優しく笑って、息子の頭を撫でた。そして着ていたスーツのジャケットを整えると、内ポケットから封筒を取り出し、封入されていた紙をテーブルの上に広げた。
「『私的用父子鑑定報告書』……DNA鑑定したのか?」
悠希が書類をひったくるように手にした。
「蒼佑さん、それ……」
「あぁ、かなり急いでもらって、今日届いたところ。タイミングバッチリだったな」
それは、蒼佑と佑の親子関係をDNAで検査した鑑定書だった。もちろん、泉も承知している。親子三人分のサンプルを提出したからだ。
蒼佑にプロポーズの返事をした日、彼から提案された。
『泉、結婚するにあたって、俺と佑の親子鑑定書を取っておきたいんだ』
『それって、DNA鑑定をする、ってこと?』
こんなにそっくりなのに、DNA鑑定する必要があるのだろうかと疑問に思ったが、蒼佑はわずかに慌てたようにフォローを入れてきた。
『あ、佑が俺の子かどうか疑ってるからするんじゃないぞ? もし疑っていたら、泉に堂々とこんなこと言わないよ。後ろめたいことがないから、泉にちゃんと許可を得ようと思って。内緒にして、また泉を傷つけたくはないから』
『何か理由があるのね?』
蒼佑がここまで言うのなら、何かそうする必要があるのだろうと、泉は納得していた。
『さすが泉、察してくれてるんだな。……俺はさ、一応九条家本家の長男だから。泉と知り合う前からずっと、親戚縁者から縁談を強引に押しつけられることも多くて。もちろん、全部断ってきたんだけど。そんな俺に急に奥さんと子どもができたら、親戚連中は多分、口を出してくると思うんだ』
資産家である九条家の長男が、いきなり結婚、しかもすでに子どもがいた、となれば、当然疑いの目で見られるはずだ――その子どもは、本当に蒼佑の子なのか、と。
『泉と佑のことは、俺がちゃんと守るから大丈夫。英美里も味方だしな』
しかし来たるべき時のために、親戚連中に突きつける証拠を揃えておきたいと、蒼佑は言った。
蒼佑と佑だけではなく、泉も含めた親子三人で鑑定してもらえば、もう間違いないだろう。
蒼佑は取り急ぎ、三人分のサンプルを郵送して調べてもらう『私的鑑定』を依頼した。それでも文句をつけてくる輩がいれば、直接出向いてサンプルを採取する『法的鑑定』を依頼するつもりでいるらしい。
『こうなったらとことん、俺と泉と佑の絆を見せつけてやるんだ』
蒼佑はニヤリと腹黒い笑みを見せて、言い放ったのだった。
その私的鑑定の結果が、今日、蒼佑の元に届いたばかりなのだ。
「それを見れば分かるとおり、佑は99.999パーセントの確率で俺の子です。高梨悠希さん、残念ながら、佑はあなたの子ではないんですよ」
蒼佑が説明する横で、泉は佑を抱きかかえたまま、身を乗り出した。
「見たいの? 泉。佑なら俺が抱っこするから」
泉が鑑定結果を見たくてうずうずしているのを察したのか、蒼佑がまた佑を引き受けてくれた。泉は悠希が手にしている紙をそっと取り上げる。
『クジョウソウスケが、スガワラユウの生物学的父親である確率はかなり高い。』
報告書にはそう記載されていた。
(よかった……)
佑が蒼佑の子であることは、泉が一番よく分かっていた。けれど、こうして正式に親子として証明されたのが嬉しくて、泉はホッとして蒼佑に抱かれている佑を見つめる。
「――大体、俺たちはこんなにそっくりなのに、疑うやつがいたら、そいつは正気の沙汰じゃないね」
「……」
蒼佑は目を細めて悠希を見据える。悠希は気まずげに視線を逸らした。
「そもそも、こんなに可愛い子が、泉と俺以外の子であるはずがないだろう。……なぁ? 佑」
愛おしげに息子に頬擦りをする蒼佑は、完全に父親の顔をしていた。そんな彼を見て、泉は本当に幸せだと涙が出そうになった。
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