第5話 謝罪と真相

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第5話 謝罪と真相

   ***     「泉さん、何にします? まずはスターターからですよねぇ。シェアしましょ?」  メニューを眺めながら、英美里がニコニコ笑いかけてきた。やたら機嫌がいいのは何故なのか。 「なんでも好きなものを頼んでください」  英美里の隣では、兄の蒼佑が少しだけ申し訳なさげに笑んでいる。 「じゃあ……私、クラブケーキを」 「私はねぇ……アーティチョークのグリル。あ、サラダも頼んでおこう? 泉さんはシーザーサラダ食べられます?」 「うん、大好き」  メニューの英語と格闘しながら英美里に答えていると、今度は蒼佑から問いが飛んできた。 「泉さん、ステーキはどうしますか?」 「私は……ニューヨークストリップの8オンスで」 「お兄ちゃん、私プライムリブ、8オンス」 「俺は……リブアイの14オンスにしよう」  ホエールウォッチングのハーバーから、泉はリムジン、九条姉弟は彼らの車でそれぞれ同じホテルへ帰り、六時に館内のステーキハウスの前で待ち合わせをした。 『こんばんは、九条さん』  挨拶をするや否や、彼らは眉をひそめた。 『俺たちは二人とも「九条」なので、名前で呼んでもらえれば。俺も泉さんと呼ばせてもらいますから』 『そうだよね。私も泉さんって呼ぶので、英美里で』 『わ、かりました。じゃあ、蒼佑さん、英美里さんで』 『早く中に入りましょ。お腹空いちゃったぁ』  船で顔色が真っ青だった子とは思えない明るい英美里が、泉の背中を押しながら、弾んだ足取りでレストランへ入る。  なんだかえらく懐かれてしまったな、と、泉は少し混乱した。 (でもすごく可愛いなぁ。妹がいたら、こんな感じなのかな……)  泉には姉しかいないので想像するしかないのだが、なんだか楽しくなった。  三人でメニューを決めた頃、ウェイターが来た。蒼佑が「泉さんは英語は大丈夫ですか?」と尋ねてきたので「正直、早口なのは聞き取れません」と答えれば、通訳をしてくれた。  泉のオーダーを確認しながら、流暢な英語で伝えて、最後にメニューを返しながら「That's it.」と締めくくる蒼佑はすごくかっこいい。  所作がスマートで洗練されていて、思わず見とれてしまうほど。  英美里も英語は話せるようだが、オーダーはすべて蒼佑に任せていた。 「お兄ちゃんの方が、何かあった時にスムーズに済むのでつい甘えちゃうんです」  と、耳打ちしてきたので「お兄ちゃんと仲良しなんだね」と、小声で返した。 「――泉さん」  ウェイターがテーブルを離れると、急に真剣な表情になった英美里が居住まいを正し、泉に頭を下げてきた。 「船の上では兄が本当に失礼なことを言ってごめんなさい。……でも、少し言い訳させてもらえますか?」  顔を上げた英美里は、眉尻を下げている。 「英美里、よせ」  蒼佑が英美里を止めるが、彼女はかぶりを振りながら兄を逆に抑える。 「泉さんにはちゃんと話さないとダメ。お兄ちゃんは黙ってて」  雰囲気が少し深刻なので、泉はおずおずと尋ねる。 「何か……あったの?」 「兄……お兄ちゃん、実は本当にストーカーに遭っていたんです。しかも、日本とアメリカでそれぞれ一度ずつ」 「……」  泉は英美里の話を黙って聞く。 「お兄ちゃんは見た目がこんななので、まぁモテるんですよ。私が高校生の時、家に友達呼んだらみんながみんな、お兄ちゃんを好きになっちゃったくらい」 (それはよく分かる……)  蒼佑はただかっこいいだけじゃない。顔立ちがきれいな上、色気もある。女性にモテるのは当然だろう。 「――日本の会社にいる時、職場の女子がお兄ちゃんに告って振られたんですよ。それなのに諦めてくれなくて、つきまといをした挙げ句、休日にお兄ちゃんと出かけていた私を刺そうとしたんです。勝手に彼女だと思い込んで嫉妬して」 「……!」  泉は目を見開き、両手で口元を覆った。  刺そうとした、ということは、身体的被害は大したことはなかったのだろう。今こうして元気でいるのだから。 「まぁ幸い、こう見えて私は格闘技マニアなんで、いろいろかじってたおかげで対処できたんですけどね」  英美里が女を軽く制圧し、事なきを得た。その後は警察と弁護士に任せたので、二人はほぼノータッチだったらしい。  女は結局、示談が成立したこともあり、遠方に転居したそうだ。  そのこともあり、蒼佑はアメリカ勤務を打診され、数年前にサンフランシスコ勤務となったそうだ。 「――でもサンフランシスコでもストーカーに遭って……しかも、現地の日本人社員」  一人目と同様に、振られた女がストーカー化し、外出先で待ち伏せをされたり、しまいには自宅まで押しかけてきたそうだ。蒼佑の住むコンドミニアムには敷地の入口に管理人がいるにもかかわらず、フィアンセだと名乗って入り込んできたという。  最終的に、現地の強面弁護士に訴訟と巨額の慰謝料をちらつかされ、女は引き下がったらしい。  それ以来、会社は『ストーカー行為が判明した場合、即訴訟及び懲戒処分につながるので心するように』と社内に周知させた。蒼佑へ懸想する女性たちへの牽制の意味も込めたという。  なんともアメリカらしい解決方法だと、泉は口元が引きつった。 「――今回、私がどうしてもサンディエゴでホエールウォッチングをしたい、って言って、サンフランシスコから車で来たんです。せっかくだからってラホヤビーチと動物園と博物館にも行ったんですけど、偶然にも泉さんと行動のタイミングが合っちゃったんですよね。……だからお兄ちゃんも警戒するあまり、あんな態度になってしまったんです。有無も言わさず疑ったのは許されないです。でも、泉さん自身に何かを思ったわけじゃない、ということだけ分かってください」 「気を悪くさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」  英美里と蒼佑が揃って深々と頭を下げた。泉はあたふたして両手を突き出す。 「頭を上げてください! 二人とも。……確かに、船の上では正直頭に来ました。いきなりストーカー呼ばわりされてびっくりもしたし」  確かに旅行中の行動のタイミングが合いすぎていた。もちろん偶然でしかないが、同じ日本人が同じタイミングで行く先々に現れたのだ。蒼佑からしてみれば、二度あることは三度あると考えるのも仕方がない。  それに、二人とも真摯に謝罪してくれた。その姿を見ていたら、ストーカーに遭っていたという話も、取り繕うための嘘なんかには思えなかった。 「もう許します。だからこれ以上謝らないでください」  泉の中に残っていたわだかまりのようなものは、すべて洗い流されたのだった。
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