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あまりにも見事な転倒っぷりに、周りで一緒に飲んでいた女の子達も、私に手を貸して起こしてくれた後は腫れ物に触れるみたいになんとなく優しく接してくる。
勝手な望みではあるけれど、こういう時は出来る事ならば、アハハと笑い飛ばして欲しいのに。
「櫻木様、大丈夫ですか!?」
慌てた様子でそう問いながら、私の側に駆け寄るひとつの影。
視界に飛び込んできた、見るからに上質そうなスーツの裾と、磨き上げられた革靴。
そう言えばさっき私が今日の出逢いをもう諦めて、食に走った際。
その姿を目にして堪えきれずに肩を震わせて笑っていたあの男性が確か、こんな濃灰色のスーツを身に付けていた気がする。
それにこの人は私の事を、『櫻木様』と呼んだ。
だからやはりおそらく、結婚相談所のスタッフのひとりなのだろう。
男は私の腰を支えるようにして、優しくそっと肩を貸してくれた。
あまりの恥ずかしさに、一気に酔いが醒めていくのを感じる。
「あぁ……膝のところ、擦りむいてしまいましたね。
とりあえず、控え室に行きましょう」
子供みたいに擦り切れた、ワイドパンツの膝小僧。
恥ずかしいのをごまかすみたいにヘラヘラと笑う私に肩を貸したまま、耳元で穏やかな口調で促された。
実際はたいした怪我でもなかったけれど、このままここにいるのはあまりにもいたたまれなかった。
だからもう一度にへらと笑って、顔も見ぬまま男の言葉に素直にありがとうございますとだけ答えた。
***
控え室に着くと男は私から手を離し、すぐ側に椅子をセッティングしてくれた。
そして爽やかな笑顔を浮かべ、彼は告げた。
「改めまして。私は結婚相談所『ハッピー・ブルーバード』のスタッフの、桐生 大河と申します。
よろしくお願いいたします」
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