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それから彼は私に向かい、一枚の名刺を差し出した。
桐生 大河さん、か。
まるでドラマの主人公みたいな、格好いい名前。
普通の人間ならば、名前負けしてしまいそうなところだ。だけど……。
さっきはあまりに酷い状況のせいで気が付かなかったが、彼は、なんていうか……男性とは思えないぐらい、めちゃくちゃ綺麗な顔立ちをしていた。
スッと通った、鼻筋。少しだけ垂れ気味な、ミルクチョコレート色をした大きな瞳。
そしてその周りを縁取るようにびっしり生えた、長いまつ毛。
男性にしては色白で、滑らかな、まるで陶磁器みたいに美しい肌。
なのに決して、女性的というワケではなくて。
さっき私を支えてくれた腕はたくましく、力強かった。
しかし私が最も気になったのは、そこではなかった。
はっきりとは思い出せないけれど、この男に私は、以前逢った事がある。
……そんな気が、したのだ。
でもこんな芸能人も顔負けの爽やかイケメンと出会っていたら、面食いの私はきっと忘れるはずがない。
だからたぶんこれは、気のせいだろう。
それにこんな状況で、『どこかで私と、会った事がありますか?』なんて聞くのは、使い古されたナンパの常套句みたいに思われてしまいそうだ。
ただでさえMAX値に近いぐらいの、醜態を晒しているのだ。
短い期間とはいえ、今後もお世話になる可能性が高いというのに、それだけはなんとしても避けたい!
「……すみません、ありがとうございました」
準備して貰った椅子に腰を下ろし、かなり情けない気分で謝罪と感謝の言葉を口にした。
すると彼はなぜか一瞬、ちょっと戸惑ったような、困ったような表情を浮かべた後、柔和な笑みと共に穏やかな口調で答えた。
「どういたしまして。
足を怪我されているみたいですし、もしよろしければ後程私にご自宅まで送らせて下さい」
彼の思わぬ申し出に驚き、反射的にガバッと立ち上がった。
その瞬間痛みがぶり返し、その場にうずくまる私。
慌ててまた駆け寄り、私の体を起こさせると彼は、呆れたように言った。
「ちょ……大丈夫!?
……ホント、ほっとけない人だなぁ」
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