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先ほどまでの丁寧なモノとはまるで異なる、ちょっとくだけた素の口調。
私の無事を確認すると、桐生さんはプッと小さく吹き出した。
そしてそのまま少しうつむいたかと思うと口元に手を当て、プククと肩を揺らして笑った。
さっきまでは綺麗な顔をしているなと思いながらもまったく食指が動かなかったはずなのに、その笑顔は意外にも、私の好みのどストライクだった。
チラリと唇から一瞬だけ覗いた、あの八重歯はさすがにズルい!!
それにドキリとさせられたのだけれど、次に顔を上げた時、男はまた先ほどまで同様、柔和でビジネスライクな笑みを浮かべていた。
「では、櫻木様。ちゃんと椅子に、座っていて下さいね?
私はフロントに行って、消毒液など必要な物を借りてきます。
すぐに、戻りますから」
そう言うと彼はドアを開け、部屋を出ていってしまった。
数年ぶりに私に訪れた、『きゅん』。
しかもそれは軽いモノではなく、メガトン級の『どきゅん』だった。
胸元をぎゅっと押さえ付け、ひとりふるふると身悶える私。
なんなのよ、あの人。……ギャップ萌えが、過ぎるのでは?
だけど彼は、結婚相談所のスタッフなのだ。
私の結婚相手となる男性を、せっせと紹介してくれる予定の人間である。
その上あんな醜態を、晒したばかり。
好きになったとしても恋愛に発展する可能性は、0どころかマイナス値にも等しい。
確かに桐生さんは、イケメンだ。
しかし名前と見た目、そして職業以外は何も知らないこの状況である。
これはいわゆる、つり橋効果ってヤツに違いない。
あまりにも酷いこの惨状のせいで、脳がバグを起こしているんだ。
……そうじゃないと、困る。
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