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転倒した際。たいした怪我じゃないのを分かっていながらも、私が恥ずかしさのあまり身動きが取れなくなってしまったのにいち早く気付き、あの場から彼は連れ出してくれた。
それに彼の弟との過去のトラブルも、むしろ悪かったのはあの男の方だと言って、笑い飛ばしてくれた。
身内が殴られ、自宅謹慎になったにも関わらずだ。
遼河が同じ結婚相談所で働いていると教えてくれたのも、きっと私がいきなりアイツと鉢合わせて、気まずい想いをしないためだろう。
ほら。……やっぱり、あの人は優しい。
うっかり安里ちゃんを置き去りにしたまま、うっとり彼とのやり取りを思い返し、にやける私。
「まぁ別に、良いですけどね。
それで、どうするつもりなんですか?」
じっと私の顔を見つめたまま、安里ちゃんがにっこりと微笑んだ。
なんと答えるのが正解か分からず、答えに詰まる私。
そうこうしている間に、私の唐揚げ定食が完成した。
だからそれを受け取り、空いている席にふたり、向き合って座った。
そしてほぼ同時にパチンと手を合わせ、いただきますの挨拶をしたのだけれど。
……そこで安里ちゃんは、再び微笑んで聞いた。
「春呼さんのことですから、おとなしく遠巻きに眺めているだけで満足、とか言いませんよね?」
確かに、その選択肢はなかった。
どうやって、距離を詰めるか?そればかり、考えていた。
とはいえ彼の弟も同じ職場で働いていると聞いたから、正直あの結婚相談所に、足を踏み入れるのも恐ろしい。
……だけど。
「言わない。言うはずが、ない。
久しぶりに、良いなと思える人に逢えたんだもん。当たって、砕けろだわ。
あの人にまた会うための手段は、ひとつしかない。
こうなったら、結婚相談所に通いつめてやる!」
唐揚げをひとつお箸で摘まみ、がぶりと齧り付く。
するとその言葉を聞いた安里ちゃんは、生暖かい笑みを浮かべた。
「潔いまでに動機は不純だし、結婚相談所の利用方法、完全に間違えてますよ。
……でも春呼さんなら、やっぱりそうですよねぇ」
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