賢者が、世界の半分を

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「貸す人と借りた人とは明確な関係性があるの。それはきっと、仕事の関係や恋人の関係、あるいは共犯者の関係と違っていて、でも少し似ていて」 アカネさんがそう評した、私達のこの奇妙な関係は、かれこれ一年と少しになる。 表面上の関係はごくシンプルで、同じ大学サークル、英語学習サークルでの先輩後輩の関係になる。といってもその活動内容はサークル内のセクション毎に異なっており、国際交流系の華やかなグループもあれば、外国文学を原書で読むグループ、あるいは英語劇を上演をする者達と様々だ。大学内で一二を争う大手サークルであり、一年程所属しても、顔と名前がわかるのはサークルメンバーの十分の一くらい。 そんな中で、私とアカネさんはセクションが異なっており、普通であれば接する機会がない。だが、私達は奇妙な交流を続けている。 交流の内容は簡単で、物をお互いに貸して、借りる。一つの貸し借りの期間は一二週間程度で、その他以下のルールが何となく決まっている。 ・貸してる間は少し不自由でないといけない。貸出中、不便が生じたからといって代替のものを買ってはならない。 ・借りたものはなるべく使わないといけない。 ・消耗品はなるべくその物自体でなく、それを使用する権利を貸す。 (△タバコ→○タバコを吸う権利) ・返すときにありがとう、と言う。 「ありがとう。面白かったよ」 図書館の片隅、ひそひそ声でアカネさんは言った。 「でもやっぱりアクションゲームは難しいよね。大技のボタンばかり連打してしまう」 「慣れるまで難しいですよね」 「そうだね、でもバチーンって決まったときは気持ちよかったね。ヒロの趣味は相変わらずいいなあ」 「こちらこそです、指輪ありがとうございました」 彼女の手のひらにインデックスリングを乗せる。 「いえいえ。指のサイズが違っていないか心配だったけど、良かった。ヒロのイメージに合わせて、スタイリッシュなのを選んだけれど」 「そうなんですか。結構アクセサリって感じで、緊張しちゃったんですが」 「ふふ、もったいない。ちゃんとすれば綺麗なんだから」 「そうですか、ありがとうございます」 そう言いながら私は立ち上がる。彼女の方を見れないまま、この場を去ろうと。 「ちょっと待って。今日の貸し借り、忘れているよ」 「そうでしたか、すみません」 「何かヒロ、冷たくない」 「そんなことないですよ、平常心です。それで、今日は何を貸してくれるんでしたっけ」 「これ」 バッグから取り出されたのは、より合わせた糸と羽の飾り。 「ドリームキャッチャー、ですか」 「うん。悪い夢を蜘蛛の巣で捕らえて、良い夢はこの羽を伝って眠っている人の中に入ってくる。最近、ヒロあまり眠れていないでしょ」 「そんなことないです」 「嘘」 アカネさんは私の目元をぐいと、親指の腹で押し上げる。 「コンシーラーで隠しているけど、疲れ目」 「目つき悪いのは元々です」 そういう意味じゃなくて、と彼女は苦笑する。 「せっかく綺麗なんだから」 綺麗だから何なのだ、と。私の中の誰かが呟く。でも、私はそれをそのまま彼女には伝えられない。代わりに出るのは上滑りしたお礼の言葉。 「ありがとうございます」 「いえいえ。それで、ヒロは何を貸してくれるの」 「私は、これ、ですね」 「これ、って何。新しいゲーム筐体とか」 彼女は目をぱちぱちさせて私の差しだしたものを見る。その反応も仕方ないと思う。私だってもしこれを急に出されたら何の機械かわからないはずだ。 「電波ジャマー、らしいです。スマホが繋がらないようにするような」 「何それ。違法じゃないの」 どうでしょう、と私は肩をすくめる。 「秋葉原で昔買ったもので、使ったことないので。もしかしたら偽物かも」 「ふふ。じゃあ貸してくれるのはこの電波ジャマー自体と、それが本物か同課を確かめる権利、ってことかな」 ほら、そういうとこ。 「じゃあ、お互い試して。そしてまた今度、その内容を教えてね、ヒロ」
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