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「貸したものを通じて、私の一部は少し君になる。逆もまた然り」
アカネさんが言った。
「君から借りてゲームをするようになった私。私から借りてタバコを吸うようになった君」
私たちは高校の教室にいた。そこは私が通っていた高校で、でも彼女は彼女の通っていた高校の制服を着ている。
「それぐらいがちょうどいいと思うんだよね。これだとフェアじゃなくなることなんてない。貸したものは返ってくるし、総量は何も変わらない、愛と違う。だって、愛は惜しみなく与える、あるいは奪うって言うでしょ」
彼女は古い机の上に指を滑らせながら、話を続ける。
「与えているのか、奪っているのか、わからなくなる。そうなると、自分がどうなっているかわからなくなっちゃうの。だから、貸し借りの関係はきっと、愛よりも優しい」
「でも」
でも。
「私は貴女から奪ったり、奪われたりしたいです。ううん、貴女が望むなら、奪ってくれるだけでいいのに。フェアじゃなんて、なくていい」
「ありがとう。でもそれは」
「きっとエゴなんですよね。また別の」
私たちは気づいたらバスの中にいる。エンジンに揺られ。子供の泣き声が聞こえる。ちょうだい、ちょうだいとうわずった声で。
彼女は黙ったまま、何も言わない。
「ちょうど、お互いがお互いに何かを同じ量で与えられたら、それなら寂しくないし、怖くないんですけどね」
私はそう呟く。お互いが相手を思い、貸すのではなく、与えられたら。そしたら正しく、フェアな愛が生まれる。
もちろん、そんなことは賢者でもない限りできない。
彼女はバスの停止ボタンを押す。自分の指で。
バスが次第に速度を落として、止まる。乗降口が開く。
「でもね、賢者の贈り物はできなくても、賢者の貸し借りくらないならできるかもしれないから」
彼女は立ち上がりながら言った。
「だから、これからも君のそれを貸して。代わりに私のこれを貸すから。いつかちゃんと返すその日まで、しばらくは」
「返しちゃうんですね、いつか」
「うん、耳を揃えて、過不足なく。でもその時はちゃんと、ありがとうって」
「うん、ありがとうって」
扉が閉まる。私と彼女は隔たれて。そして私はそろそろ起きようと思う。ドリームキャッチャーがもたらした夢の中で。
そして、起きたら私はドリームキャッチャーをひっくり返すだろう。きっと酔った私はドリームキャッチャーを逆さまに吊っているはずだから。
こんな優しさは、現実から遠い暖かさは、きっとある種の悪夢だから。
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