賢者が、世界の半分を

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「貸したものを通じて、私の一部は少し君になる。逆もまた然り」 アカネさんが言った。 「君から借りてゲームをするようになった私。私から借りてタバコを吸うようになった君」 私たちは高校の教室にいた。そこは私が通っていた高校で、でも彼女は彼女の通っていた高校の制服を着ている。 「それぐらいがちょうどいいと思うんだよね。これだとフェアじゃなくなることなんてない。貸したものは返ってくるし、総量は何も変わらない、愛と違う。だって、愛は惜しみなく与える、あるいは奪うって言うでしょ」 彼女は古い机の上に指を滑らせながら、話を続ける。 「与えているのか、奪っているのか、わからなくなる。そうなると、自分がどうなっているかわからなくなっちゃうの。だから、貸し借りの関係はきっと、愛よりも優しい」 「でも」 でも。 「私は貴女から奪ったり、奪われたりしたいです。ううん、貴女が望むなら、奪ってくれるだけでいいのに。フェアじゃなんて、なくていい」 「ありがとう。でもそれは」 「きっとエゴなんですよね。また別の」 私たちは気づいたらバスの中にいる。エンジンに揺られ。子供の泣き声が聞こえる。ちょうだい、ちょうだいとうわずった声で。 彼女は黙ったまま、何も言わない。 「ちょうど、お互いがお互いに何かを同じ量で与えられたら、それなら寂しくないし、怖くないんですけどね」 私はそう呟く。お互いが相手を思い、貸すのではなく、与えられたら。そしたら正しく、フェアな愛が生まれる。 もちろん、そんなことは賢者でもない限りできない。 彼女はバスの停止ボタンを押す。自分の指で。 バスが次第に速度を落として、止まる。乗降口が開く。 「でもね、賢者の贈り物はできなくても、賢者の貸し借りくらないならできるかもしれないから」 彼女は立ち上がりながら言った。 「だから、これからも君のそれを貸して。代わりに私のこれを貸すから。いつかちゃんと返すその日まで、しばらくは」 「返しちゃうんですね、いつか」 「うん、耳を揃えて、過不足なく。でもその時はちゃんと、ありがとうって」 「うん、ありがとうって」 扉が閉まる。私と彼女は隔たれて。そして私はそろそろ起きようと思う。ドリームキャッチャーがもたらした夢の中で。 そして、起きたら私はドリームキャッチャーをひっくり返すだろう。きっと酔った私はドリームキャッチャーを逆さまに吊っているはずだから。 こんな優しさは、現実から遠い暖かさは、きっとある種の悪夢だから。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加