穴があったら埋めちゃおう

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 改めて過去の日記を読み返してみると結構恥ずかしい。けど、ほんの一年ほど前まで、僕の日常はほとんどがセッキ―と大ちゃんとなっさんとカイ君、そこに僕を加えたグループで成り立っているのがよくわかる。  そう、一年前までは、どこに行くにも五人は一緒で、同じお菓子を食べ同じジュースを飲んで同じ空気を吸っていたのだ。まあそれは言いすぎにしても、なんていうか同じチームっていう感じだった。  その関係が崩れたのは、皆を先頭になって引っ張っていた、いわばリーダーのような役割だったカイ君が親の都合で転校してしまってから。もちろん僕らは、カイ君のことは転校してもこれまでと変わらず友達だと思っていたし、例えカイ君が僕らのチームから離れたとして残った僕らの関係は変わらないものだと思っていた。  けど実際には、変わってしまった。  まず、転校したカイ君とは、はじめのうちこそ何度か連絡を取り合っていたが、いつのまにかその回数が少なくなっていき、今ではすっかり連絡は途絶えている。なんとなく転校先での生活が忙しいんだろうと思っているうちに、段々と連絡しにくくなっていき、他の皆も同じ気持ちのようだった。  そしてリーダーの抜けた僕らのチームのメンバーも、学年が上がったことで生活に変化が生まれていた。まず、セッキ―は元々僕らのチームでも一番の運動神経の持ち主だったので、その才能を花開かせて強豪のサッカークラブに入ることになった。入団テストをクリアしなければ入れないほど強いチームで、セッキ―がそのチームに受かった時にはクラスの男子の間では一時期その話題で持ちきりになったほどだ。その中心にいるセッキ―は鼻高々、という得意げな顔をしていた。そんなセッキ―の周囲に近寄りがたい雰囲気を感じてしまった僕や大ちゃんやなっさんは、セッキ―がサッカーで忙しくなってしまったこともあり、次第に距離を置くようになった。  セッキ―とは対照的に運動方面はさっぱりな大ちゃんは、親の方針で中学受験をすることになっていたので、学年が上がると同時に学習塾へと通うことになった。はじめこそ嫌々通っていたみたいだけど、最初の実力テストで思いもよらず高得点を叩きだしたらしく、それをきっかけに勉強にのめりこむことになった。努力したらしたその分だけ点数に跳ね返ってくるからそれが爽快なんだ、と眼をきらきらさせて大ちゃんは語っていた。勉強することに対して、まばゆいほどの態度で向き合う大ちゃんは、なんだか自分よりも少し大人な感じがして、立派だなぁと思う一方でどうしても距離や溝みたいなものを感じずにはいられなかった。  そんな大ちゃんは休み時間も塾のテキストと睨めっこするようになっていたので、僕となっさんだけ取り残される形になった。なっさんは口数の多いタイプではないし、僕も慎み深い性格なので基本的には自分から積極的に喋りかけるタイプじゃない。そういうのはカイ君が主に担い、そこにセッキ―や大ちゃんが茶々を入れるようにして場を盛り上げて、なっさんがぽつりと何気ない一言を漏らし、僕はそれを聞いている。そんな感じだった。人にはそれぞれ性格にもとづいた役割みたいのがある。それが上手くかみ合うと、人間関係は上手くいくんじゃないかと僕は思っている。それは家族の間でもそうだし、たぶん夫婦とか恋人の間でもそうなんじゃないだろうか。だからおばあちゃんが亡くなった時、ポワンが故障してしまった時、おじいちゃんの中で上手くかみ合っていたものがズレてしまい、それまでの調子を崩してしまったんだと思う。崩れてしまったものは、場合によっては時間が解決してくれることもあるのかもしれない。僕はかつて、好きだった漫画のキャラクターが物語のなかで死んでしまい、ご飯も喉を通らなくなるほどのショックを受けたことがあるが、しばらくするとご飯はお代わりすることができるほどに回復していた。物語のなかではそのキャラクターは死んでしまったけど、僕はそのキャラクターの魅力を心のなかにしっかりと記憶しているし、物語の中からいなくなってもふとした拍子に物語の隅っこにそのキャラクターの存在を感じることができるようにもなった。だから僕は、今ではもうそのキャラクターが死んでしまったことに、寂しくなることはあっても深く悲しんだりすることはない。時が癒してくれたってことなんだと思う。  けど、一度崩れてしまうと、時間ではどうにもならない、崩れたまんまになってしまうことも、この世の中にはあるのだということを、今の僕は知っている。ポワンがいなくなってしまってからのおじいちゃんがそうだし、カイ君がいなくなってからの僕らのチームもそうだ。口数の少ないなっさんは、僕と二人でいることを気まずく感じたのか、学校にゲーム機を持ってくることが多くなった。本当は学校で禁止されているけど、そういうのを気にせず持ってくる人も結構いる。僕らのチームはゲームをするより五人でワイワイしてる方が楽しかったから誰もゲームを持ってはこなかったけど、なっさんは持ってくるようになった。たまーにする会話もほとんどゲームの話題ばかり。僕は最近ではゲームよりも漫画派なので、あんまり話題についていけず、気がついたらなっさんと一緒にいることも少なくなった。 そんな風にして僕らのチームはバラバラになっていった。  きっとカイ君がいなくなったことで、ちょっとずつちょっとずつなにかがズレ始めて、気がついたときにはそのズレは修正することができないほど大きなものになっていて、今ではもうどうしようもなくバラバラになってしまったんだと、僕は思う。これはもちろん、おじいちゃんにも当てはまることだ。  僕はそんな様子を、最初はどこか甘くみていたというか、気楽に考えていた。かつて漫画が教えてくれた、時間が解決してくれる、その力を頼りにしていたのだ。だからなにもせずに、ただ時の流れるに任せていた。 でも、あんなに仲の良かったチームがバラバラになっていくのになぜそんなにのん気にしていたのかといえば、本当のところどこか少し、カイ君の転校に対して、寂しくは思っていたけどほっとするような気持ちもあったからなのかもしれないと、今では思う。カイ君はなんていうか、僕と表面的には正反対なのだけど、深い部分ではどこか似たところもあったような気もするのだ。僕があまり表に出すことなくひっそりと仕舞っておく部分を、カイ君ははっきりと前に押し出していく。そういうところが、羨ましくあり、時にうとましくあった。それにカイ君は勉強や運動がとびきり優秀というわけではないけれど、全てをそつなくこなす。僕も似たようなタイプだけど、カイ君は僕よりも全てが少しだけできる。そんなカイ君は僕にとって、気が合って楽しい友達には違いないけれど、一緒にいると自分の存在が少しだけ薄まってしまうように感じる、複雑な存在でもあった。  だから僕は、カイ君がいなくなって、少しだけ安心するような気持ちもあったのだと思う。けど、時間が経っても一向にズレが埋まらずチームが本格的にバラバラになっていくにつれ、そんな気持ちは吹き飛び、もやもやとした気持ちだけが僕のなかにわだかまるようになっていった。  このままで果たしていいのか?おじいちゃんの家でごろごろして天井を見ながら、いつもそんな風に考えるようになった。けど自分になにかができるとも思えず、ぐずぐずと日々を過ごしていた。  そんな時だった。チームとともに僕が心配していたおじいちゃんの問題に対して、稲妻に撃たれたかのように、僕の頭は閃いたのだ。いなくなったポワンのデータを引き継いだ新しいポワン。それによっておじいちゃんに元気を取り戻してもらい、物忘れや勘違いをしない元のおじいちゃんを取り戻してもらう。ポワンがいなくなったことでできてしまった空白を、新しいポワンで埋めることができれば、おじいちゃんはきっと元のおじいちゃんに戻るはずだ。  そしてそれは、僕らのチームにも同じことがいえる。カイ君がいなくなってしまったことで僕らの間にズレが生まれてしまったのなら、誰かがそのいなくなったカイ君の空白を埋めてしまえば、僕らは元のチームに戻れるはずだ。おじいちゃんの問題の解決方法を思いついた時に、僕はそのことに気づいた。ポワンがいなくなったなら新しいポワンが、カイ君がいなくなったならカイ君以外の誰かが、その代わりを務めればいい。そうすれば、きっと以前の良好な関係を取り戻せる、そのはずなのだ。  時間が解決してくれることもあれば、そうでないこともある。そうでないことには、積極的にうってでなくてはならない。だから僕は、一歩前に踏み出すことにしたんだ。 「おお!歩いた!」  箱からぴっかぴかの新しいポワンを取り出し、スイッチを入れておじいちゃんの家の廊下にそっと置くと、ポワンはゆっくりと歩きはじめた。 「そりゃ歩くよ。だってポワンだもん」  僕は自信満々に言ってのけた。おじいちゃんには既に、この新しいニューポワンについての説明を終えていた。急に送られてきたニュータイプのペット型ロボットをいぶかしむおじいちゃんに対し、僕はこんな風に説明した。 「修理は難しいって言われてたけど、実は諦めずにお願いしておいたんだ。『いつになってもいいので、修理できる可能性はありませんか?』って。そしたら『ベテランの社員に頼めば可能性はあるかもしれないので、一応お預かりしておきます』って言ってくれて。それでとりあえず預けておいたってわけ」 「しかし、ポワンはばあさんの仏壇の棚下に、しまっておいたはずじゃ」 「うんごめんね。勝手に取り出しちゃった」  僕はぺろっと舌を出すと、おじいちゃんはため息をついた。 「それで、ポワンは無事治って戻ってきたのかい?」  なんとなく信じられないというような、疑り深い目つきをおじいちゃんは寄越してくる。 「うん。色々と傷ついてたり汚れてたりしたから、それも含めて色々と治してもらって、無事ポワンは元通り帰ってきたってわけ。まあちょっと見た目は違ってるかもしれないけど」  ポワンのデータは無事に新しい型に移し替えられたけど、前のポワンの身体は古いタイプで今では生産停止となってしまっている。だから今のポワンは見た目が少し前とは違っている。 それとあまり詳しいことはわからないのだけど、最新のタイプへと生まれ変わった新しいポワンに備え付けられている機能が、前のポワンのデータとそぐわない、という部分があるらしい。  例えば、前のポワンはすごくゆっくり、あまり足をあげずに床をすべるようにして前に歩く。これはおじいちゃんがポワンを買った時にそういう風に頼み家電メーカーの人がそれをデータとして打ち込んだものだ。そういう風にお客さんの好みに合わせてデータを打ち込んでいき、ただの機械型ペットがその人にとって特別なペットとなっていくのだ。そのデータは生活のなかで日々更新されていく。生活を重ねるうちに、どんどん自分の生活や好みにマッチしたペットになっていく、それがこの商品のウリだった。ちなみに、おじいちゃんが足をあげずに滑るようにして歩く、と頼んだ理由は、腰の悪かったおばあちゃんがそんな歩き方をしていたからだと思われる。  けど、新しい身体の型では、歩き方などの機能は統一されている。これまで家電メーカーに寄せられた要望をまとめ、大多数の人の好みに合うように統一されたデザインになっているのだそうだ。なんだか難しくてわかりにくいが、とにかく床を傷つけちょっとした出っ張りに転んでしまう可能性があるような歩き方は、新しいポワンにはできないということだ。おじいちゃん好みの歩きはニューポワンには出来ない。だから当然のように、 「あれ?どうしたんだい、ポワン。なんだか前とは、歩き方が違っているよ」  おじいちゃんはポワンが三歩も進まないうちに、そのことに気づいた。ポワンの歩く姿を最後に見たのは、もう一年も前だというのに、そのことは忘れていないらしい。お釣りをもらってくるのを忘れたり、娘である僕の母の誕生日を忘れたりはするのに。なにを忘れなにを覚えているのか、はっきりとした基準があれば対処もしやすいのだけど、そういうわけにはいかないのが世の常ってやつなのだろう。 「成長したんだよ、ポワンは。おじいちゃんと離れている間にさ。ほらっ、子供だっていつまでも親の言いなりになってるわけじゃないでしょ?僕だって毎日毎日、すくすくと成長してるしね。だからポワンも、おじいちゃんと離れているこの一年の間にさ、歩き方がたくましくなったみたいだね。うん、なんだか前よりもきびきびとしてるもん。でも、ポワンはポワンだよ。ちょっと成長はしたけど、なにも以前とは変わらないよ」  僕はポワンのかつてとの違いを、成長という前向きな言葉に置き換えることでおじいちゃんの疑いの目をごまかすことにした。 「うーん……そうか。成長、か。それはそれで、寂しいような嬉しいような」  なんともいえない表情を浮かべるおじいちゃん。 「でもなんていうか、どうにも信じられないような感じだなぁ」  おじいちゃんは仏壇の方へと顔を向け、ポワンの映った写真を遠くを見つめるような瞳で見た。 「本当に、戻ってきたのかなぁ」  おじいちゃんはきっと、僕の言うことを疑っているわけではないのだと思う。僕が嘘をつき、目の前のポワンがデータを引き継いだ別のポワンだなんて思ってはいないはずだ。あくまで元のポワンが修理されて戻ってきたのだと思っている。  でも、そのことを頭では理解しているけど、心の底では納得しきれない、そんな様子だった。死んだ人が、実は死んでませんでした!なんて急に戻ってきたら、誰だって信じられないのと同じだろう。だから僕は、おじいちゃんのその納得しきれない心を、説得しなければならない。これは前と同じポワンだと、ポワンがおじいちゃんの元に本当に戻ってきたのだと、そう心の底からおじいちゃんが思ってくれた時にはじめて、僕の計画は成功したことになる。だからもうしばらくは、こうしておじいちゃんの家に通うことになるだろう。新しいポワンが以前のようにこの家に馴染むまで、僕はおじいちゃんとポワンと、同じ時を過ごすのだ。  そしてこの計画が終了するころには、僕はかつて自分の居場所だった、あのチームに戻ることになるはずだ。だからそのためには、おじいちゃんの問題だけでなく、チームの問題にも積極的に解決を図らなくてはならない。この新しいポワンのように、成長のための一歩を踏み出さなくてはならないのだ。
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