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WAVE×WAVE forever
「いちごって桜のこと好きだろ」
自分でも気づかないふりをしていた恋心を初めて言い当てたのは、最初は大嫌いだったはずのあの子だった。
*****
中1の春、軽音部に入ろうと誘ってきたのは幼馴染の岩崎桜だった。桜が勉強の合間を縫ってドラムの練習をしていたのは知っていた。
放課後はよく桜の家に遊びに行っていた。桜の家はお父さんもお母さんもお医者さんでいつも忙しい。家に誰もいないから気兼ねなく使っていいと言って、しょっちゅう誘ってくれた。
「父さんが昔叩いてたんだってさ」
と言って、ある日普段は入らない防音室に入ってドラムを披露してくれた桜は世界一カッコよく見えた。あれは5年生の10月だった。よくしゃべる桜のお母さんとは正反対の、もの静かな桜のお父さんがリズミカルに大きな音でドラムを鳴らしていたと聞いて、イメージが変わった。6年生になっても、たびたび桜はドラムを聞かせてくれた。演奏するたびにうまくなっていく桜は魔法を奏でているようだった。
桜の家でゲームをしているのも楽しかったけど、桜のドラムを聴くようになってから、一層トクベツ感を感じた。学校から桜の家は少し遠かった。長い海岸線沿いの波の音と海鳥の声すらも愛しく聞こえた。四国の片隅、海辺の小さな田舎町で桜は私の世界そのものだった。
その年の入部者は私と桜の他に2人。1人は同じ小学校出身の九条スミレだった。桜とスミレはあまり関わりがなかったけれど、九条スミレ、楠田いちごの並びで出席番号が隣だった私はスミレとよく話していた。身長も同じくらいだったので、体育の時間にペアを組むことも多かったこともある。そこで案外趣味が会うことが分かり仲良くなった。スミレはいつも合唱祭でピアノ伴奏をしていた。
もう1人が来夢だった。来夢は違う小学校の出身で、新入生歓迎会の日に初めて会った。私もそんなに背が高い方ではないけれど、私より10cmほど背が低かった。不自然な金髪は似合っていなかった。必然的にその4人で組むことになった。来夢がギターとボーカル。私がベース。桜がドラムで、スミレがキーボード。来夢は歌がうまかった。桜もいい声だったけれど、桜と同じくらい上手な人を初めて見た。
でもギターには初めて触ったらしい。私と同じ初心者。一緒に頑張ろうと言ったら、じゃあライバルだと言ってきた。チームなんだから競ってどうするんだと思った。
12歳にしては背が低くて小学生と間違えられるような来夢がギターを背負って歩いている後ろ姿はひどくアンバランスだった。この小さな体のどこからこんなに大きな声が出るんだろう。声だけじゃなくて言うことも大きかった。
「でっかい波を起こしてやるんだ」
という来夢の一言がきっかけで、バンド名はWAVE×WAVEに決まった。
1人だけ違う小学校出身かつ違うクラスで、派手な外見ゆえクラスでも浮いているらしい来夢をスミレは随分と気遣っていた。
桜はいつも私を気遣ってくれた。練習しすぎて、練習中にマメがつぶれたときは桜が絆創膏を貼ってくれた。
「桜といちごってデキてんの?」
冗談めかして、来夢は言った。来夢の無神経で思ったことをすぐいうところが苦手だった。来夢と同じ小学校出身のクラスメイト曰く「あいつはああいうやつだから」と気にしていないようだったけれど。
「相変わらず来夢は冗談キッツいなー」
桜は笑い飛ばす。「冗談キツイ」の一言に、なぜだか胸がズキリと痛んだ。
「えー、幼稚園の頃から一緒って聞いたらチューくらいしてそうに見えるし」
「いい加減にしてよっ! なんで来夢ってそうデリカシーがないの?」
私は思いっきり来夢をにらみつけた。
「来夢のそういうところ……嫌いなんだけど!」
部室に沈黙が流れる。来夢はバツの悪そうな顔をしている。沈黙を破ったのはスミレだった。
「もうっ……。そんな言い方したら来夢が可哀想でしょ?」
「スミレ優しいー。大好きー」
来夢はスミレに猫なで声で言って抱き着く。その仕草が生理的に気持ち悪く感じた。
「来夢もあんまりいちごをからかっちゃダメよ。分かった?」
「はーい。ごめんなさーい」
スミレのいうことだけは素直に聞く舐めた態度も、謝り方の口調も、プリン頭もだらしない制服の着崩し方も全てが癪に障った。
ある日、1時間目が終わった後、朝練で部室に忘れ物をしたことに気づいた。1人で取りに行くと、来夢が練習していた。
さすがに部活中は無視するような大人気ないことはしないけれど、あの1件以来、廊下ですれ違っても来夢とは目を合わせなくなった。2人きりになるのは正直気まずかった。
「おーっす。いちごも練習?」
来夢に声をかけられる。私は大喧嘩をしたつもりだったけれど、来夢にとってはそうではなかったようで、あっけらかんとしていた。同じバンドでやっていくうえで、私だけが意地を張っていると桜やスミレにも迷惑がかかると思ったので、普通に返答した。
「忘れ物取りに来ただけ。いつも練習してるの?」
「まあなー」
来夢は以前教室にギターを持ち込んで休み時間に練習して、うるさいと怒鳴られたらしい。以来10分休みも時間の許す限り部室に来て練習しているとのこと。
休み時間も終わろうとしていたので、来夢も練習を切り上げて、一緒に部室を出た。2人だと会話が無くて間が持たない。いつの間にか染め直していた来夢の派手な髪にメッシュが入っていたのが目についた。
「黄緑……」
「そんなダサい言い方すんなよ。ライムグリーンって言え、バーカ」
来夢は口が悪い。せっかく、話題を振ってあげたのに。やっぱり、嫌いだ。
そんな来夢から突然呼び出されたのは青天の霹靂だった。
「スミレが告白されたって本当?スミレって彼氏いるの?」
いつも自信満々でうるさいくらいに声を張り上げている来夢がおどおどと声を震わせながら質問する。
スミレは小学校の時から男子にモテていた。美人でお嬢様で人当たりがいいので至極当然だ。中学生の彼氏ができたとか別れたとかいう話も本人の口からきいたことがある。
そんなスミレがしばらく前にクラスの男子に告白されたことは私たちのクラスでは周知の事実だった。でも、言い方は悪いがスミレは結構な面食いで、告白した男子はそんなにカッコいいわけではないのでたぶん振ったと思う。
流行の最先端を行くべきだと普段から息巻いている来夢も、案外情報が遅いんだなと思った。たぶん、スミレ以外とつるんでいないからだろう。
「スミレ本人に聞けば?」
「聞けないから、こうしてるんだよ。いちご、お願い! いちごにしか頼めない!」
来夢は俯いたまま答える。しおらしくしているのが新鮮だった。
「別にいいけど。たぶん付き合ってないと思うけどなあ。スミレ、彼氏ができたら私には教えてくれると思うし。私が知らないってことはたぶん今は誰とも付き合ってないんじゃないかな」
「ちょっと待って、スミレって彼氏いたことあんの?」
「あれ? 来夢ってスミレとコイバナしたことない感じ?」
「できないから、わざわざいちごに聞いてるんだろ! 察しろよ!」
来夢はあからさまに動揺した。てっきり知っているものだと思っていた。スミレはオープンな性格なので、5年生の時に彼氏がいたことを知っていたのは私だけではない。スミレのグループの女子はみんな知っていたし、ある程度以上仲がいい子はみんな知っていたと思う。だから、来夢にも話しているものだと思ったし、来夢本人が聞けば絶対に教えてくれるはずだ。とはいえ、他人の恋愛事情を言いふらす趣味はなかった。
「だから、スミレ本人に聞けばいいじゃん?」
「そんなこと聞くのって、変だろ」
「別に変じゃないと思うけどなあ。友達なら普通っしょ。まあ、私の方がスミレとは付き合い長いし来夢に教えてもいいか色々聞いてきてあげてもいいけど」
来夢は一瞬私をにらんだように見えたが、頷いて小さな声で「よろしく」と言った。
「スミレって別にそれくらいで怒るような子じゃないけどさあ。確かに出会って2か月くらいだと聞きにくいこともあるよね。でも、来夢にもデリカシーって概念あったんだね。私にもちょっとくらい気使ってよ」
こう言ったところで、来夢がこれから私をバカだのなんだの言わなくなるとは思わないが、冗談めかして要望を伝えてみる。この機会に来夢ともう少し仲良くなれたらいいと思っている。しかし、来夢から帰って来た反応は想像と180度違うものだった。
「デリカシーないのはいちごの方だろっ! さっきからマウンティングしやがって!」
来夢はそう言うと、私にハンカチを投げつけてきた。
「いちごには絶対負けないからな! スミレのことも、音楽も!」
そう吐き捨てて去って行く来夢。自分から呼び出したくせに相変わらず意味不明だった。海外では決闘をするときにハンカチだか手袋だかを相手に投げつける風習があると映画か漫画で見たことがあるが、それはどこの国だったっけとぼんやりと思った。
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