WAVE×WAVE again

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WAVE×WAVE again

 高校では当然のように軽音部に入った。来夢も軽音部に入ったらしい。ギターも歌もうまくて努力家の来夢と組めるどこかの誰かは幸せ者だ。来夢がいないのは寂しかったけれど、新しく組んだ仲間もみんないい人で、内気な私もすぐに馴染めた。リードギターの子は漫画オタクで、リズムギターの子もインドア派、ボーカルの子もおっとり系だった。単純に音楽が好きだからやっているだけで、中学の時の先輩や来夢のように派手な見た目ではなかった。ギターの2人もボーカルも来夢ほど上手ではないけれど、全員経験者で協調性があるのでとても合わせやすかった。  スミレは高校生になっても相変わらず男子に人気だった。中学時代の彼氏とは別れたけれど、今は誰とも付き合うつもりがないらしい。恋人はいないと明言したので、来夢は振られてしまったのだなと私まで悲しくなった。 「好きでもない人と付き合うのって良くないでしょ。遊びで付き合ったりしたら、本気で私のこと好きになってくれる人に失礼だし」  厳しい家庭で育った反動で、恋愛に対して比較的奔放だったスミレも落ち着いたようだ。今思えば、スミレが付き合っていた相手はステータスの高い人ばかりだった。  私は焦っていた。中学の時と比べて、進学校の男子は紳士的だ。 「桜は彼氏とか欲しい?」 「まさか。放課後も土日も塾と部活で埋まってるし、彼氏作ったところでいつデートするんだよって感じ」  笑い飛ばす桜に私は心底ほっとした。  そうこうしているうちに、スミレにまた恋人ができたらしい。スミレ本人ではなく、スミレに振られた野球部の尾崎君からその事実を聞いた。 「恋人がいるって言われたんだけど、誰と付き合ってるか分からねえ。楠田、同じ軽音部だろ? 何か知ってる?」  尾崎君に頼まれたというのもあるが、私自身も気になったので聞いてみたところ、スミレはあっさりと認めた。 「別の学校の人だし、言う必要もないかと思って。尾崎君にはいちごからうまく言っておいてくれる?」 「いつの間に付き合い始めたの?」 「内緒。でも、つい最近よ」 「今の人のことは、本気で好き?」 「ええ、とっても」  スミレが頬を赤らめて答えた。この表情をもし来夢が見ていたら、落ち込むどころじゃすまないだろうから来夢と学校が離れた後でよかったと思った。  友達が今までで1番いい恋愛をしているなんて、絶対に喜ぶべきことなのに、どうしても来夢のことが頭をよぎった。どうか来夢がこのことを知りませんようにと願った。  そんな心配も忘れた頃、私たちの文化祭のライブには来夢が遊びに来た。しばらく連絡は取っていなかったけれど、来夢は元気そうだった。トレードマークだったライムグリーンのメッシュは紫色に変わっていた。 「いいじゃん、ダークパープル」  紫と言ったら、また昔のようにバカにされると思って英語で言った。英語の成績が私より悪かった来夢にバカにされるのは癪だ。 「パープルじゃなくてヴァイオレットって言うんだよ。こだわってんだから間違えないでよ」  私には憎まれ口を叩いていたけれど、少し遅れてスミレがやってくると、声のトーンが上がった。 「あ、スミレ~! 会いたかった~!」  2人きりにしてあげようと思い、桜を連れてその場を離れる。 「あ、いちご! 桜! 今日のライブ、すっごく良かった! 今組んでる子たちの前じゃ言えないけどWAVE×WAVE再結成したすぎて血吐きそう! 絶対また4人でオリジナルソング作ってライブやろうな!」  去り際に来夢が叫ぶ。今年の夏休みはうまく予定が合わなくて4人で集まれなかった。ただでさえ、勉強が忙しい桜は今のバンドの練習時間を捻出するだけで精一杯なのだ。来夢の今組んでいるバンドのメンバーもやる気満々らしく、毎日練習していて抜け出すと言い出せるような空気ではないらしい。それでも、来夢が無邪気に笑うから私はそういう未来もいつかあると根拠もないのに信じることが出来た。  来夢の学校の文化祭のライブには誘われたけれど行かなかった。キャンセルしようと思えば別の日にできる野暮用が入った。正当な理由が出来たことにほっとしていた。他の人と組む来夢を見たくなかった。  文化祭後も新歓ライブに向けて練習は続けていた。今のメンバーに不満はないけれど、WAVE×WAVEは必ずいつか復活するという約束があると心持ちが全然違った。桜のドラムは今日も最高だし、スミレのキーボードは今日も綺麗な音色を奏でる。他のみんなも日に日にパワーアップしている。私は今日も絶好調だ。  しかし、楽しい時間は長くは続かなかった。2年生になる前に桜は退部届を持って私たちに頭を下げた。私は泣いた。優しいみんなは怒らなかった。医学部受験は本当に大変だから、従兄が大変そうにしていたから気持ちがわかるからと、あっさりと受け入れた。みんなが友人として模範的な反応をする中、一人だけ反対するなんてできなかった。桜に嫌われたくなくて、怒れなかった。理解のあるフリをした。桜に嫌われたら、私は生きていけない。  それでも単純な体は正直なもので、ショックで熱を出して学校を休んだ。そのタイミングで久しぶりに来夢から連絡が来た。 「大丈夫?」  たった一言だけだった。私が熱を出したことに対してなのか、桜がバンドをやめたことに対してなのかは分からない。桜が音楽をやめたと自分で報告したのか、スミレから聞いたのかも分からない。でも、どちらにしろ大丈夫なんかじゃない。  大丈夫じゃない、助けて。そんなことを来夢に言ったところで、来夢が桜を説得できるとは思えないし、そもそも桜に迷惑だ。  だからと言って大丈夫だと強がる元気もなくて、結局既読だけつけたものの返信はできなかった。  熱が下がって私が再び登校し始めると、桜は休み時間も参考書を読むようになっていた。綺麗に時間をかけて巻かれていた髪は雑に2つにくくられていた。コンタクトもやめて、眼鏡をかけていた。それでも桜は私の目からは充分美しかった。  でも、桜の目からは余裕が消えて、クールな桜はいなくなった。桜の真似をして伸ばしていた長い髪をばっさり切った。疑似的な失恋だった。  少しずつ桜が私の知らない桜になっていく不安を振り払うように、私は部活に復帰した。練習にはあまり身が入らなかったけれど、それでも何もしないよりはマシだった。  いつの間にかスミレの右手の薬指には、イミテーションのエメラルドとアメジストが光る指輪が光っていた。部活中は嫌でも目に入った。指輪をつけた手で、部活が終わるといつも誰かに連絡をしていた。きっと他校の彼氏だろう。今までに見たことの無いような本気の恋をしている表情で、シトラス模様のケースに入ったスマホを取り出してメッセージを送信していた。  どうして私は桜が好きなんだろう。スミレみたいに普通に男の子を愛せればいいのに。桜みたいに勉強に専念したり、好きな人と離れ離れになっても音楽に邁進する来夢みたいに生きられたらいいのに。スミレは今日も何事もなかったように、ペアリングをつけた手上手にキーボードを奏でる。前ほど音楽に情熱を持てなくなった。それでも、私が音楽を続けていれば気が変わって桜が戻ってきてくれるかもしれないという淡い期待を抱いてベースを弾き続けた。桜の受験が終われば元通り。その頃には、きっと来夢も戻ってきてくれる。来夢もそろって4人でやることは結局卒業以来1度もなかったけれども、そう信じるしかなかった。私だけがWAVE×WAVEの面影に執着していた。
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