WAVE×WAVE again

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 そんな折にスミレから久々に連絡が来た。結婚してこの町を出ていくから、最後に会いたいとのことだった。喫茶店で会ったスミレはダイヤの婚約指輪をしていた。 「結婚式っていつ頃? スミレの晴れ姿見たいなあ」 「式はしないし、事実婚って言って分かる? 籍も入れないつもり」  絵にかいたようなお嬢様だったスミレがそういう道を選ぶことはとても意外だった。 「親が許すわけもないし、勘当同然に出ていくわけだから、もうこの街には戻らないわ。落ち着いたら新居の住所送るね」 「旦那さん、どんな人なの……?」  スミレは少し間をおいて答える。 「いちごの知らない人よ」  スミレは随分と秘密主義になったと思う。 「どこ行くの? もしかして桜と来夢みたいに東京?」 「まさか、今お付き合いしてる人は来夢みたいに野心がある人ではないから。両親から逃げるだけなんだからわざわざ本州まで行く必要もないでしょう。ここよりは栄えてるところだけど」  スミレはそう笑い飛ばすとレモンの浮かんだ紅茶を一口飲んだ。 「四国内だったら、また会えるね。落ち着いたら会いに行ってもいい?」 「いいけど、いちごが本当に会いたいのは桜なんじゃないの?」 「そりゃ会いたいけど、東京って遠すぎて気軽に行けないし、桜は忙しいから行っても会えなさそうだし」 「会えるうちに会った方がいいし、言えるうちに言いたいことは言った方がいいわ。お節介だけど」  聞いていて耳が痛いことを言われたので、話題を変えた。 「桜と来夢って言えば、あの2人仲直りしたんだって。よかったね」 「暢気なものね。来夢はいちごのために桜と喧嘩したっていうのに」  ティーカップを置いたスミレの声が低い。 「何それ、どういうこと? 逆じゃないの? 桜が私のために来夢と喧嘩してくれたんじゃないの? いちごを泣かすな的な感じで」 「WAVE×WAVEのいちごを返せって塾帰りの桜を待ち伏せして掴みかかったのよ。その場に居合わせたわけじゃないし、来夢の言い分しか聞いていないから、詳しいことは分からないけど。でも来夢から吹っ掛けたんだから、来夢の方に思うところがあったんでしょう」 「何で来夢が……」 「桜がドラムをやめたから以外にある?」 「だって、来夢、私に喧嘩した理由言ってない。来夢だって怪我したんでしょ?なんでわざわざそんなこと……来夢にそこまでする理由ないじゃん」  来夢は私に会いに来た日、自分の中にあった「大義」を伝えなかった。仲直りをしに来たはずなのに、自分が悪者で、桜がヒーローという構図を否定することなく、東京へと旅立った。 「さあね。でも、来夢は随分といちごのこと心配してたわよ。いちごには幸せになってほしいっていつも言ってたし。大ゲンカした後もね」  スミレはもう1度ティーカップを取ると残りの紅茶を飲み干した。一息つくと、さらに話し続ける。 「いちごは初恋引きずるタイプでしょ?私もそうだから、何となくそういう気がするの」  桜の話の直後に突如として初恋というワードが出てくるということは、私の初恋の相手をスミレが知っているということだ。そして、必死に隠していたそれを知っているのは来夢だけだ。 「ちょっと、来夢に何か聞いたの?」  来夢の嘘つき。絶対誰にも言わないって言ったのに。焦る私に対して、スミレが溜息をついた。 「来夢の名誉のために言うけど、来夢からは何も聞いてないわ。だから、いちごに好きな人がいるとか、それが誰かって言うのは私が勝手に妄想してるだけよ。正解かは分からないけど、言わない方がいいかしらね」 「好きな男の子なんていないよ」 「うん、知ってる。じゃあ、私の想像で合ってると思うわ」  恋愛対象が女の子だと分かっているかのような口ぶりだ。「うん、知ってる。」の言い方が、来夢と似ていた。私の桜への恋心にいち早く気づいたのも来夢だった。 「ほんとに、来夢から何も聞いてないの?」 「来夢はああ見えて口すごく固いわよ。私が口止めしたことも誰にも言ってないみたいだし」 「秘密って、恋愛のこと?」 「さあ、ご想像にお任せするわ」  私の秘密はほとんどバレているというのに、スミレは自分のことをほとんど話さない。悔しいので、苦し紛れではあるが、スミレの想像は間違っているという体で話を進める。 「あの、本当にたとえばの話なんだけど、友達に告白されたらどう思う? 私の話じゃないんだけど」 「びっくりするけど、本当に友達なら嫌悪感はないでしょう。友達から始まる恋が案外、生涯忘れられない初恋になったりするものよ」 「スミレの初恋ってどんなだったの……?」 「たぶんいちごよりよっぽど初恋は遅いと思うけど。中学の時、何人かに告白されて付き合ったけど誰も好きになれなくて、本当の初恋は高校生の時かしらね……」  スミレが遠い目をする。スミレは私と同じ、過去を生きる人。来夢や桜とは違う人種だ。同族嫌悪を抱くほどではないけれど、過去を振り切って幸せになる道を選べたスミレを羨ましく思う。 「嫌いで別れたわけじゃないから、引きずっちゃってね。大学を出てようやく吹っ切れた頃にお付き合いを始めたのが今の人。今の人も元々友達で、大学の時から何度も告白されてたの」  スミレがティーカップの中に残ったレモンに視線を移した。 「初恋はレモンの味っていうけど、あれはレモンって言うより……ううん、何でもない。忘れて」  忘れてと言われても忘れられなかった。スミレは何と言おうとしたんだろう。スミレはどんな恋をしていたんだろう。初恋の人と付き合うってどんな感じなんだろう。私は未だに両想いと言うものを知らない。
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