WAVE×WAVE again

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 それからしばらくして、25歳の冬が終わりを告げるころ、来夢はついにオリコンで2位を取った。今日3月31日、こんな田舎町でも放送されている唯一の生放送の音楽番組に来夢が出演する。その1時間前にやっているおバカタレントが珍解答を連発している、お笑い番組に片足をつっこんだようなクイズ番組の方がよっぽど昔の来夢らしかったのに、今の来夢は華やかな舞台がよく似合う。  放送が始まる前に、桜に電話をした。ちょうど非番で家にいた桜に、来夢が新曲を生放送で披露することを教えた。桜は知らなかったようでとても驚いていた。忙しくて全然テレビは見ないらしい。来夢が活躍していることは何となく知っているようだが、東京にいるにも関わらず、私より知っている情報は少なかった。来夢のことを伝えるついでに、スミレのことも伝える。 「この間、スミレに会ったよ。スミレ、結婚したんだって。でも、親御さんが反対するから事実婚にしたんだって。スミレが本気で好きになる人ってどんなイケメンなんだろうね」 「女の人なんじゃないの?」  桜はさらりと言った。よくよく思い返してみれば、スミレは一言も「彼氏」「旦那」「夫」というフレーズを使わなかった。大学の時の友人とも言っていたけれど、スミレが通っていたのは女子大だ。 「スミレはどっちもいける人だと思うよ。高校の時、来夢と付き合ってたし」  桜が次々と爆弾発言をする。そんな話は桜からも来夢からも聞いていない。 「それ、誰に聞いたの?」 「見れば分かるでしょ。ペアリングとか持ち物とか露骨だったし」  ライムグリーンとスミレ色のストーンのついたペアリング。ライムの模様のスマホケース。ヴァイオレットすなわちスミレの名前の色に染めた来夢の髪。スミレがペアリングをするようになってから、来夢は私に右手を見せたことはない。 「何で教えてくれなかったのかな」 「そりゃあ、共通の知り合いと付き合ってるって男女問わず色々面倒だし、サークルとかでも秘密にする子は多いよ」  だから、スミレは私達に秘密にするようにと口止めをした。来夢はそれを律儀に守り、盟友である私にすらも恋が成就したことを言わなかった。裏切られた気持ちもあるけれど、もし私が桜と付き合って桜に口止めされたら絶対来夢にも言わないので、来夢を責めるつもりはない。モヤモヤした気持ちは残るけれども。  気づいていないのは私だけだった。私だけが取り残されていた。来夢は初恋を1度は叶えたうえで、それを捨ててでも夢を選んだんだ。私だけが初恋も淡い夢も何一つ叶えられないまま、ずっとこの町でWAVE×WAVEの面影に縋っている。  来夢が私によく似ているといったスミレは1歩踏み出した。スミレは伝えたいことはちゃんと伝えろと言った。私は意を決して切り出した。 「桜って、そういうのに偏見無い人?」 「仮にも医者なのに、あるって言ったら大問題でしょ。それにスミレと来夢は友達なんだからさ」  大丈夫。来夢だって1度は振られてるんだ。私たちが20年以上に渡って築いてきた友情はそう簡単に壊れたりしない。 「あのね、電話で言うことじゃないかもしれないんだけど……」 「私やいちごが彼氏を作るのも、来夢やスミレが付き合うのも、どっちもおかしいことじゃないよ」  告白をしようと切り出した私の声と桜の声が被る。 「えっ……何、彼氏って」 「あれ? いちごは今フリー? でも、いちごは可愛いからすぐまた彼氏できるんじゃない?」 「また、って何? 私彼氏いるなんて言ってないよ」  彼氏なんて作るわけがない。私が好きなのは桜だけだから。 「あれ、そうだっけ。ごめん、誰かと間違えたかも」  ねえ、誰と間違えたの。私と間違えるような誰かがいるの? 私にとって桜は誰より特別なのに桜にとって私はそうじゃないの? そんな数々の重い言葉を飲み込んで、わざと明るい声を出す。 「そうだよぉ。間違えないでよ、もう。ところで、桜こそ彼氏いるの?」 「あれ? 言ってなかったっけ? いるよ。同じ病院で働いてる。いちごに彼氏できたらダブルデートでもする? ていうかさあ、友達の結婚とか聞くと私も結婚したくなっちゃうよねー。仕事忙しくて今すぐにとはいかないまでもさ。でもさあ、子供もほしいじゃん? 仕事柄その辺の兼ね合いも大変で……」  いないと言われたら告白しようと思っていた。でも、現実は残酷だった。桜の彼氏なんて見たくない。彼氏なんて死んでも作りたくない。貴女しかいらない。貴女のいない未来なんていらない。  桜の言葉のどこをとって答えても感情が暴走して余計なことまで言いかねない。なんとか「仕事が忙しい」の部分だけを拾い、私の願いを言う。そうだ。付き合えなくてもいい。この願いさえ叶うならそれでいい。元々、叶うはずのない恋だと分かっていたから私は来夢とキスをした。 「桜の仕事が落ち着いて、スミレも新生活が落ち着いて、来夢が時間あるときにでも、どこかで集まって、みんなでセッション出来たらいいね」  WAVE×WAVEがもう1度蘇るのならばそれが1番幸せだ。あの頃の私は桜と両想いではなかったけれど、あの季節がずっと続いてほしいと思っていた。 「えー、私もう叩けないと思うよー」  桜が苦笑する。やめて、そんなこと言わないで。このまま話していると泣いてしまいそうだったので、なんとか挨拶だけして電話を切った。  WAVE×WAVEのラストライブから今日でちょうど10年。最後にベースを弾いたのはいつだっけ。ふと怖くなる。私も、もう弾けなくなっているかもしれない。そうなってしまったら、本当にWAVE×WAVEは二度と取り戻せない。嘘だと思いたくて、まだ弾けると信じたくて、ベースを久々にケースから取り出す。震える手でチューニングをしていたら、弦が2本切れた。  涙が止まらなかった。壊れてしまった。思い出の中のWAVE×WAVEが、私の世界が壊れていくのを止められない。もう全部遅い。「20年ずっと好きだった」なんて言えなかった。今更言ったって伝わらない。もう私には何もない。
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