WAVE×WAVE forever

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 闘争心を向けてくる来夢を面倒だと思いながらも、私も内心来夢には負けたくないと思っていた。人間関係云々の話はさておき、来夢と私のスタートラインは同じだ。来夢も私も手先が器用な方ではなかったけれど、来夢は誰よりも努力家だ。悔しいけれど、そこは認めざるをえない。  来夢より早くうまくなりたくて部活がない日も練習した。夜遅く練習していたら、親に近所迷惑だからやめろと叱られた。家に防音室がある桜が羨ましかった。きっと桜は夜遅くまで練習をしている。  桜も努力家だったけれど、努力の過程を人に見せることを嫌った。学年で常に3位以内の成績も、天才的なドラムさばきも血のにじむような努力の末の成果だと私だけが知っている。桜は遅くまで練習したり勉強したりしたうえで、涼しい顔で 「昨日遅くまで漫画読んでたから今日は眠い」  と嘘のヴェールを身にまとう。私やスミレは嘘を指摘するような野暮な真似はしないし、来夢には努力を隠すという発想すらないから来夢は嘘に気づかない。  みんなに置いて行かれたくなかった。私も部室で朝、自主練をするようになった。来夢と毎朝顔を合わせることになってしまったけれど、お互い集中していたので特に気にすることはなかった。  私が桜や来夢に練習熱心になってから、部活中スミレがアドバイスをたくさんくれるようになった気がする。音楽経験者のスミレの助言はありがたかった。 「やっぱり、いちごって飲み込み早いよね。素直だからかしら? 本当にショートケーキのスポンジみたい」 「ええー? そうかな? スミレの教え方がうまいからじゃない?」 「でも、実際に努力してるのはいちごでしょ?頑張ってるいちご、私は好きよ」  ある日、そう言ってスミレが微笑んだ時、来夢がものすごい顔で私を睨んでいた。  翌日、案の定朝練のタイミングで絡まれた。本当に来夢と2人きりになるとろくなことがない。 「いちご、スミレと桜どっちが好きなの?」  来夢はスミレに対して異常なほど独占欲を抱いている。見ていて痛々しいほどに誰かにスミレを取られないか警戒している。たまにスミレに会いに私たちのクラスに遊びに来ることはあるけれど、特に小学校時代からのスミレの友達には男女を問わず牽制するような態度をとっていて、周りから引かれていることに本人は気づいていない。 「どっちも大事な友達だよ。でも、桜は特別だから」  友達に序列をつけるのは本来よくないことだ。でも、桜だけは例外だ。初めて会った時、お人形さんみたいに綺麗だと思った。長くウェーブのかかった髪も、白い肌も、二重のぱっちりした目も何もかもが美しかった。おしとやかな見た目とは裏腹に、積極的な性格も素敵だった。 「ねえ、いっしょに遊ぼうよ」  3歳の春、引っ込み思案で幼稚園のみんなの輪の中に入れなかった私に話しかけてくれたのは桜だった。いつも、桜は私を引っ張ってくれた。勉強も運動もゲームもなんでもできるかっこいい桜は私のヒーローだった。桜の1番の友達であることは私のアイデンティティですらある。 「ふーん、じゃあいいや。練習邪魔してごめん」  私が答えると、来夢はやけにあっさりと引き下がった。次の瞬間には黙ってギターを弾いている。相変わらず情緒不安定にもほどがある。  夏休みも、塾の夏期講習がある桜や家族で海外旅行に行くスミレとは違って私と来夢は暇だったので、2人で顔を合わせることも多かった。各々集中していたので、あまり言葉を交わすことはなかったけれど、来夢から話を振られることもあった。決まってスミレのことだった。 「スミレと桜って小学校の時から仲良かったの?」 「悪くはなかったと思うけど、普通じゃないかな?クラスは一緒だったけどあんまり2人が話してるの見たことないや」 「今、クラスでは2人どんな感じ?」 「うーん、私含めて3人で行動してることが多いかな。普通に仲いいよ」 「あーあ、いいなー。あたしも同じクラスが良かったし、同じ小学校が良かった。もしかして6年間クラスも一緒?」 「スミレとは3年生から一緒。桜とは幼稚園も一緒だったよ」 「えー、それ最高じゃん。いいなー、幼馴染シチュエーションって後から手に入らないんだよなー。羨ましいー」  あからさまに敵意を向けられることはなくなったが、気まぐれに一方的に話しかけられては勝手に羨ましがられた。私の理解の範疇を越えた人種。きっと同じ軽音部じゃなかったら接点を持たなかった。  それでも、練習中の来夢の真剣な眼差しが何度か視界に入れば、音楽への真剣さは伝わる。認めたくはないが、がむしゃらな来夢に触発された部分が少なからずある。 「桜って天才だよな」  ある日、何も知らない来夢が桜を天才の一言で表現した。私だけが桜の努力家な一面を知っている。そのことに強い優越感を覚えた。 「まあ、いつか桜も追い抜くつもりだけどな」  桜は努力する天才だ。努力する凡人では追い付けない。桜は特別な存在だ。 「桜はすごいから、普通の人じゃ追い付けないよ」 「追い抜くよ、それであたしがWAVE×WAVEを引っ張るんだ。で、日本一のバンドにするんだよ」 「大きく出たね」  WAVE×WAVEを日本一にすることも、ただの初心者の来夢が桜を越えることも途方もない道のりだ。そもそも、弦楽器と打楽器でどうやって競うんだという話でもある。桜を越えるなんて誰かが発言したら、今までなら「ふざけるなお前なんかに桜の何が分かる」と言っていただろうけれど、そういう感情は湧いてこなかった。日本一になることと桜を越えることを並列に並べていたので、桜を侮辱しているわけではなさそうだし、相変わらずありあまる闘争心から出てくる発想は突拍子もなさ過ぎて怒りを覚える前に?マークが浮かんだからだ。 「だって人生は一度きりなんだからさ、欲しいものは全部手に入れたいじゃん? WAVE×WAVEで天下とるためにはなりふりかまってられないっしょ!」  WAVE×WAVEで日本一を目指す。桜と日本一を目指す。いい。最高に青春だ。歯を見せて笑う来夢への苦手意識は薄れていった。  1年目の文化祭は大成功だった。出番が終わった後、達成感と感動で思わず泣いてしまった。 「いちごのベース、今までで一番最高だった」  舞台裏で来夢に親指を立てられる。来夢が私を認めてくれたことが嬉しかった。絶対に本人には言わないけれど、来夢は最高のライバルだ。  後夜祭が終わり、片付けの最中、また来夢と2人になるタイミングがあった。 「あ、来夢。お疲れ」  こういうタイミングで私から話しかけたのは初めてのことだった。 「お疲れー。あれ? スミレと桜は?」 「スミレは音楽室、桜はステージにいるよ」 「あ、2人ともいないならちょうどいいや。いちごに言いたいことあったんだよ」  てっきりスミレのところにダッシュするのかと思ったので意外だった。でも、もう唐突に話し始める来夢に嫌悪感はなかったし、むしろそれが来夢と言う人間なのだと分かっていた。 「あたし、スミレのこと好きなんだ」 「それは知ってるけど……」 「あたしの「好き」は、スミレとキスしたいとかそういう意味の好き」  少女漫画でしか聞かないようなフレーズをさらりと来夢が言う。 「いちごの桜に対する『好き』もそういう好き?」  いつもは私が桜にべったりなのを茶化している来夢も、今日はからかう意図ではなく真剣に質問しているのが分かった。  桜と結婚したい? 結婚の意味も分からない子供じゃないんだから。桜にキスしたい? 分からない。考えたことがない。桜と手を繋ぎたい? 繋ぎたいよ。だって小さい時はずっと手を繋いでたんだから。桜に彼氏ができたらどう思う? 考えたことがない。でも、それで私といる時間が減るのは嫌だ。桜と2人でいる時間と、スミレも含めて3人でいる時間ならどっちが好き?却下。こんなこと考えるのはスミレに失礼だ。  自問自答してもよく分からない。変なことを聞かないでほしい。 「来夢の言ってること、よくわかんない」 「そうかー? いちごはあたしと同じだと思ってたんだけどな。あ、分かってると思うけど、このことスミレと桜には……」 「言わないよ、言うわけないじゃん」  今私の頭をよぎったことを桜には知られたくなかった。  来夢が妙なことを言ったせいで、翌日桜の顔が直視できなかった。桜の顔が整っているせいにして自己解決しようとしたが、何の解決にもならなかった。スミレが同じクラスでよかった。ずっと2人きりでいたら、意識しすぎて気が狂いそうになる。  ほっとしたのも束の間、しばらくしてスミレの付き合いが悪くなった。もちろん、練習に来なくなったわけではない。昼休みに私たちとお弁当を食べなくなったり、休み時間に教室を出てどこかに行くことが増えただけだ。 「私、2年の先輩と付き合い始めたの。文化祭のステージ見てた先輩に告白されたから」  スミレが見せてくれた彼氏の写真は、どこからどう見ても完璧なイケメンだった。バスケ部の新キャプテンらしい。 「おめでとう」  桜がスミレを祝ったが、私は来夢のことが頭をよぎってどうしていいか分からなかった。
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