WAVE×WAVE forever

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 3年生の文化祭のライブが大成功に終わった後は必死で勉強した。試験前は桜の前では一緒に勉強しているとはいえ、普段は勉強をそっちのけでベースばかり弾いていたツケがまわってきた。それでも、桜と同じ県立の進学校に行きたかった。高校でも桜とバンドを組みたかった。桜とずっと一緒にいたかった。桜がノートを貸してくれたのは本当に助かった。  一方、来夢はもう内申点が足りないことが確定していた。2学期の期末テストと本番の試験で全て満点をとっても足りないらしい。名前を書けば入れる私立に行くと言っていた。軽音部があるから、滑り止めに受けろと言われた。正直、第一志望に受かるかどうかは五分五分なので、駄目だったときは来夢と同じ高校の方が心強いと思ったので頷いた。  今までとは比べ物にならないくらい真面目に勉強して、むかえた2学期の期末テスト。英語は1番の苦手強化だから不安だった。英語の戸川先生はいつも配点が大きめの自由作文を出題する。今回のお題はこうだ。 「あなたの将来の夢について語った手紙を書きなさい」  手が止まった。今が楽しすぎて、将来なんて考えていなかった。ずっと桜と一緒にいたいという願いは昔から変わらないけれど、なりたい職業なんて思いつかない。ただ、高校生になっても大学生になっても大人になってもWAVE×WAVEは続けたい。隣町のライブハウスを満員にしてライブをたくさんやりたい。無謀かもしれないけれど、音楽で食べていきたい。叶うならばプロになりたい。私の将来の夢はベーシストなのだと気づいた。  ただ、これは進路相談ではなくて英語のテストだ。作文で大切なことは真実をポエティックに綴ることではなく、スペリングや文法にミスがないことだ。リズムがLで始まる単語かRで始まる単語かわからない私に音楽の話を書くのは無謀だ。私が知っている単語だけで構成できる文章を書こう。そうだ、Teacherと書こう。教科を表す単語や学校関連の単語は一年生で全部習った。でも私の英語の成績で英語の先生は嘘っぽすぎるから、比較的まともな成績をとっている国語の先生になりたいことにしよう。国語の浅井先生に向けて、あなたのような国語教師になりたいと手紙を書こう。そういえば、そんな感じの例文が1年生の頃の教科書に載っていた気がする。嘘だらけの作文がこうして完成した。  返却された期末テストの作文パートは満点だった。簡単な単語と文法だけで書いたから、ミスはゼロだったし、内容もそれなりに良いと判断されたのだと思う。それ以外の部分も比較的よくできていた。数学は94点をとったし、理科も中間テストより15点も上がった。このまま勉強を続ければ、桜と同じ高校に行ける。  にやけている私に、来夢がドヤ顔で答案用紙を見せてきた。31点。この学校では赤点の基準は35点なので、完全に補習の対象だ。あきれている私に来夢は言う。 「点数はどうでもいいんだよ。手紙だよ、手紙」  手紙は私に宛てたものだった。 “My dream is gitalist.”  で始まるその文面は、はっきり言って読めたものではなかった。ギターを3年やっているのにスペルをいまだに正しく書けないことに教師が赤ペンでツッコミを入れていた。間違いだらけで稚拙な英語だった。いくらなんでも、デビューはともかく歌詞という単語までローマ字で書いているのはひどすぎると思った。  WAVE×WAVEの4人で東京に行ってプロデビューする。オリコンチャートで1位になってミリオンセラーのCDを出す。紅白歌合戦に出る。東京ドームでライブをする。私が思い描くストーリーの100倍大きな夢物語をハチャメチャな英語で書いていた。たかが、英語のテストになんでこんな本気になっているんだ。しかも作文に時間をかけすぎて、長文読解が明らかに間に合っていないじゃないか。 「最高の晴れ舞台で好きな人へのラブソングを歌って告白する。ライバルでもあり同志でもあるいちごには隣でずっと応援していてほしい」  最後にそう綴っていた。 「いちごにだけは見せておきたくてさ」  嘘がつけなくて、不器用で、バカな来夢がはにかんだように笑う。  初めて、完敗だと思った。比喩ではなく、来夢に身長を抜かれた時の1億倍くらいの敗北感を味わった。  それでも、来夢がWAVE×WAVEを続けたいと思ってくれていることが嬉しかった。私も同じ気持ちだよと言いたかった。でも、点数稼ぎに走った私にそんなことを言う資格はない気がした。自分のちっぽけさが悔しかった。    桜は同じことを思ってくれているだろうか。もし、逆に桜に作文の内容を聞かれたら、本当はベーシストと書きたかったけど、知っている単語と文法だけで構成できる簡単な文を書くために嘘をついただけだと主張するつもりだった。現に来夢は赤点で補習まで受けるはめになった。そんなギャンブルをして内申点が下がって桜と同じ高校に行けなくなったら目も当てられないじゃないか。 「ねえ、桜は自由作文なんて書いたの?」  と聞くと、別に普通だと答案を渡された。花丸のついた答案は、来夢とは逆の意味で読めなかった。慣用的表現が多用された英語の答案用紙は筆記体で書かれていた。  お母さんに宛てた手紙にはotorhinolaryngologistになりたいと書いてあった。単語の意味が分からなくて恐る恐る聞いてみた。音楽関係の単語であってほしいと願った。 「耳鼻咽喉科医だよ。文脈読め、文脈」  と桜はスマホをいじりながら言った。桜の英語力なら本心で作文を書ける。桜の描く未来にWAVE×WAVEの姿はない。 「それより、何点だった?」  私の夢の内容に、桜は興味を示さなかった。自分がひどく滑稽に思えた。80点と答えたとき、私はうまく笑えていただろうか。  家に帰って答案を親に見せた。母は大喜びした。晩御飯のメニューは唐揚げだった。 「先生も人間だものね。先生になりたがる子は可愛く見えるし、そういうことちゃんと考えてかけるいちごちゃんはやっぱり賢いわ。よく頑張ったね」  要するに教師受けの良さ。ロックとは対極にいる自分が悔しくて、その夜、今までで一番いい点数だった答案をビリビリに破いて生ゴミと一緒に捨てた。
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