WAVE×WAVE forever

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 私が必死で勉強していた3学期、来夢は部室でずっとギターを弾いていた。早く受験が終わってほしかった。早くベースを弾きたかった。  県立高校の入試が終わった後は、死に物狂いで感覚を取り戻すために練習した。卒業ライブ、すなわちWAVE×WAVEのラストライブに間に合うように。来夢との差は信じられないくらいついていた。私が足を引っ張っていることが悲しかった。新曲をやる余裕はなかったので、文化祭と同じ曲の完成度を高めることに全力投球した。 「うち防音室あるから夜も練習できるから、うち泊まる?」  桜が提案してくれたので、連日桜の家に泊まり込んだ。1日18時間くらい練習した。硬くなったはずの指の皮が何度も剥けた。桜が優しく絆創膏を貼ってくれる。こうやって優しくされると勘違いしてしまいそうになる。天にも昇るくらいに桜の優しさが嬉しくて、触れた手をずっと離してほしくなくて、桜の手をずっと見つめ続ける。  小さい頃ずっと繋いでいた温かい手。リズミカルにドラムを叩く魔法の手。私を助けてくれる優しい手。桜の手も、心も声も顔も体もすべてが好きだ。 「はいっ、終わり。一応絆創膏貼ったけど、あんまり無理しないで」  桜の声で我に返る。 「大丈夫!ありがと、桜!」  ついだらしなく顔面の筋肉が緩んでしまう。WAVE×WAVEで過ごせる時間は残り少ない。もしも1つだけ願いが叶うならば、桜と結ばれることよりもこのまま時間が止まることを願うかもしれない。  ライブまであと数日となった日の深夜、桜の家に泊まった私は来夢から連絡を受けた。 「ラストライブ終わったらスミレに告白するからよろしく」  メッセージ画面を桜に見られないように細心の注意を払った。私のスマホのパスコードは桜の誕生日。桜は私のスマホを覗くような人ではないけれど、セキュリティの観点から考えるとあまりよくないなとぼんやり思った。  今までは音楽に集中していて意識していなかったけど、桜の家で来夢から連絡を受けると去年のこの時期のことを思い出す。 「泊まるってどういうことか分かってる?」  来夢の声が脳の奥で反響する。私、今好きな子の家にお泊まりしてるんだ。いざ意識し出すとどうしていいか分からない。 「どうしたの?いちご調子悪い?疲れちゃった?」  桜が私の顔を覗き込む。私はスマホを慌てて伏せた。 「大丈夫だよ、何でもないよ」 「いちご、ちょっとぼーっとしてるし、あんまり睡眠時間削るのも良くないから今日はもう寝よっか」 「え、まだ弾けるよ」 「だーめっ。体調崩したら元も子もないよ。ほら、ベッド行くよ」  昔から桜の言うことは絶対に正しい。だから、私は素直に従う。私の体を気遣ってくれる桜は本当に優しい。  ただ、問題は隣に好きな人がいてはまともに眠れないということだ。 「眠れないの?緊張してる?」 「うん」 「まだ何日かあるから今からそんなんじゃ、本当に疲れちゃうよ。まあ、本番前日が1番寝ないといけないんだけど。ほら、リラックス、リラックス!」  来夢の家のベッドより広いけれど、少し体を動かせばキスできてしまう距離に桜がいる。キスしたい。手を握りたい。桜の善意に付け込んで桜と同じベッドに入って、邪な気持ちを抱いている私は最低だ。  私が悶々としている中、桜が私の髪を触る。 「いちごって髪綺麗だよね。羨ましい」  桜は時々こういうことをする。勘違いしそうになる。今がラストライブ直前という大事な時期でなければ、勢いで告白していたと思う。 「私も、桜の髪、好きだよ」  小さい頃はもっと気軽に「桜大好き」と言えたのに、意識してしまってからは髪を好きだと告げるだけで心臓がバクバクいう始末だ。 「えー、私天パだからセット毎朝大変なんだよ。いちごは天パの苦労を分かるべき」 「私、桜に憧れて髪伸ばしたんだよ」 「そうなの?私はいちごみたいな髪質に憧れてるんだけどな」  すっかり舞い上がった私の髪をいじり続けながら桜が言う。 「あ、ごめん。髪触られるの嫌だった?」 「嫌じゃない、すごく嬉しい」  続けてほしくて慌てて否定したが、嬉しいとまで言ったら気持ち悪がられなかったか言った後にひやりとする。今、判断力が正常に機能していない。 「良かった。音楽以外の話したら緊張ほぐれるかなって思ったんだけど、髪触られるの嫌だったら逆効果かなって思ったけど、余計な心配だったね」 「え、話題逸らすためだったの? 髪褒めてもらったの、本気で嬉しかったのに」  桜の何気ない一言で、捨てられた子犬のように落ち込む。 「いちごの髪いいなーって思ってるのは本当だよ」 「ほんと?」  そしてまた拾われた捨て犬のように喜ぶ。桜の言葉すべてに一喜一憂し続けて10年以上。私の感情は桜に預けたようなものだ。 「おいおーい、いちご、全然寝る気配ないじゃん」 「だって、眠れないんだもん」  私がそう言うと、私より大きな桜の両手が私の両手を包み込む。 「大丈夫だよ。いちごが頑張ってることちゃんと知ってる」  桜が私に微笑みかけてくれた。 「絶対に成功するよ」  もしも私が桜に恋心を抱いていることがバレたら、二度とこんな風には笑いかけて励ましてくれないだろう。私は桜を欺いて桜のベッドにもぐりこんで、無垢な桜と手を繋いで眠る。悪いことなのに、最高に幸せだ。  ごめんね、桜。卑怯な私を許して。ラストライブは絶対成功させるから。  そして迎えた3月31日。ラストライブ当日。命を懸けて挑んだと言えるほどに完全燃焼したラストライブは奇跡的に文化祭よりも盛り上がった。悔いはない。 「高校は離れるけどさ、また4人でやろうよ」  打ち上げの最中に来夢が発した言葉を私は疑わなかった。学校が変わったくらいで、何も変わらないと思っていた。  門限の厳しいスミレは打ち上げを一足早く抜けた。そのタイミングで、来夢も抜ける。根回しされていた私は、ついでに帰ろうとする桜を引き留めた。  来夢、グッドラック。私は桜に告白しない。もし、桜と同じ高校に行けないのであれば来夢と同じように告白していたと思うけれど、まだ3年ある。幼馴染で1番の親友の立場をチップにしたギャンブルをするにはあまりにも早すぎる。 「変わらないでいられるよね、私たち」  告白の代わりに、もう1つの願いを桜に確認する。桜が変わらないと言ってくれたら、きっとWAVE×WAVEは変わらないでいられる。 「うん、ずっと友達だ」 「高校が別々でも来夢は友達だし、大学が離れても、お互い結婚してもいちごはずっと友達。もちろんスミレも」  告白しなくて正解だ。私は勝算の無いギャンブルをするほど追い詰められていない。私がベースを弾き続ける限り、WAVE×WAVEは永遠で、ずっと桜の1番でいられる。だから、私は告白しない。
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