五番目の男

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五番目の男

一週間前に合コンで知り合った妃奈に「付き合ってください」と告白をした。 「いいよ」 自分の口が「ペン貸して」と言ったのかと勘違いするほど妃奈はあっさりと返答したので、俺は少々拍子抜けした。 「えっ、いいの?」 「うん。いいよ。でも、今の彼氏と別れたらね」 パンケーキをフォークとナイフで器用に切り分ける妃奈の頬には、長いまつ毛の影ができていた。 「えっ、彼氏いるの?」 「うん。いるよ」 重そうなまつ毛がゆっくりと上がると、ぽってりとした小さな口が開き、フォークに刺さったパンケーキが運ばれた。 くりっとしたうるんだ瞳がこちらに向けられると、唇からフォークがすーっと静かに出てきた。 妃奈は、咀嚼しながらフォークとナイフを置き、バッグの中に手を入れた。 「雄聖くんは、五番目ね」 俺の目の高さに、黒い柴犬の小さなキーホルダーが揺れていた。 「五番目?」 「うん。順番待ちだから」 妃奈は、黒柴のキーホルダーをテーブルに置いて、再びフォークとナイフを手に取った。 つぶらな瞳の黒柴が俺を見つめていた。 首には、数字の『5』と書かれたプラカードのようなものを吊り下げていた。 「つまり、今の彼氏をのぞいた三人の男が俺の前で順番を待っているということ?」 「そうだよ」 「みんな納得してるの?」 「うん」 妃奈は、黒柴のキーホルダーを持ち上げ、自分の顔の横で揺らした。 かわいい。 赤ちゃんのような笑顔につられて俺も微笑んでいた。 ハーフっぽい顔なのに童顔で、肌は粉雪のように白く、フリルの袖口からのぞく二の腕はちょっとむっちりしている。 「食べないならちょうだい」 妃奈は腕を伸ばし、俺の皿からクリームを取ってペロッと舐めると、ニコッと微笑んだ。 ふんわりフローラルの香りがした。 そうだよな。こんなかわいい子がフリーなわけがない。 彼氏がいて当然だ。 黒柴のキーホルダーを手に取った。 俺は、五番目。 四人の男と別れたら確実に妃奈と付き合うことができるのだ。 確実に手に入れることができるこれは、整理券のようなものだ。 世の中には、整理券を手に入れることだって難しい場合もある。 そう考えると、俺はついてる。 「分かった。待ってる」 黒柴のキーホルダーをしっかりつかんでそう答えた。 今現在の俺は、友だちという立ち位置で、カフェでお茶くらいはしてくれるが、それ以上のことはない。 当然、現彼氏とのデートが優先で、みんな考えることは同じのようで、他の三人の男たちも当然、妃奈を何かと理由をつけて誘うらしい。 整理券をもらったあの日から一ヶ月が経つが、あれから妃奈と会ったのは一回で、カフェで一時間話をしただけだった。 黒柴のキーホルダーを見つめながら、アイスコーヒーをすすった。 入口の方から、小さなショルダーバッグを肩にかけ、Tシャツとジーンズというラフな格好の女が颯爽とこちらに歩いてくる姿が見えた。 キーホルダーをポケットに滑らせると、軽く手を挙げた。 「遅くなってごめんね」   女は、店員にアイスコーヒーを注文すると、「今日も暑いね~」と言いながら手で顔をあおいだ。 「それで? 相談って?」 女は、一気に水を飲むと言った。 「妃奈ちゃんのことなんだけどさ」 「だろうね。雄聖くんは、五番目なんでしょ?」   遥香ちゃんもそのシステムを知っているのか。 それなら相談しやすい。 遥香は、合コンのときにもいた妃奈の友だちだった。 「順番待ちっていうのが初めてで……」 遥香は、肩を揺らして豪快に笑った。 「だろうね。こんな厚かましい女、なかなかいないからね」   遥香は、妃奈とは真逆の人だ。 男に媚びたりせず、はっきりとものを言う。 大学でも妃奈と友だちになる女はいないらしい。 影で妃奈の悪口を言う女はたくさんいるが、遥香は、妃奈に直接悪口をはっきりと物申す裏表のない人だった。 妃奈は、遥香に叱られると口をとがらせるが、信頼できる唯一の友だちだと言っていた。 「どんな人が順番待ちしてるのかなって気になってさ」 「順番待ちしている男のことが知りたいのね?」   遥香は、慣れているのか順番に男たちのことを語った。 まず、現在の彼氏は三十代の会社経営者。 お金があるから、なかなか別れないだろうと遥香は予想しているらしい。 二番目の男は、イケメンのバーテンダー。 三番目の男は、モデルをやっているおしゃれな大学生。 そこまで聞いて自分が恥ずかしくなった。 妃奈を手に入れようとする男たちのスペックが俺とはちがう。 俺は冴えない普通の会社員だった。 「四番目は……」   少し落ち込んでいると、遥香のよどみない口調が止まった。 顔を上げると、遥香は苦いものを口にしたような表情をした。 「知らない? 言っていいのかな?」 「俺の知ってる人? 誰? 教えて!」 前のめりに迫った。 遥香は、少しのけぞって、「分かった、分かった」と迫る俺を手で制した。 「……中根くん」 「うそだろ?」 中根は、この前の合コンに連れて行った会社の後輩だった。 後輩に先を越されたことが悔しい。 なんで俺が後輩のおさがりなんだよ。   あの合コンのとき、中根は「みんなかわいいけど、特に気に入った子はいませんわ」とうそぶいていた。 あいつ……。 驚きから怒りに変わり、歯ぎしりが止まらなかった。 遥香に、「俺が五番目だということは中根には絶対に言わないでくれ」と念を押して別れた。  
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