六甲女子大学物語

3/30
前へ
/30ページ
次へ
 「君は、御歳何歳だね?」  「?」  太い黒縁眼鏡を掛け、でっぷりとした中年の(亜矢にとっては四十代も五十代も皆いっしょの中年としか思えない)先生の質問の意図が分からず亜矢はしばしぽかんとしたが、  「あ、十八歳です」  と答えた。するとその先生は、  「ほー。私には三歳にしか見えんがねぇ」  とすこぶる嫌味な口調でおっしゃり、そのままぴかぴかの廊下を去って行った。  どちらかというと頭の働きのスローな亜矢はまたしばし首を傾げたが、その首を下に向けて徐々に理解に行き着いた。  その日、亜矢は親戚のおばさんに貰ったTシャツを着ていた。九月末のまだ暑い日だったので、制服の黒い上着は片腕に抱えて歩いていた。着ていたTシャツは一応白地で、胴周りにオランダの国旗のように明るい赤と青の太いボーダーが白を挟む形で配され、赤のボーダーの上にワンポイントとしてかの有名なネズミの小さな刺繍がちょこんと入っていた。  先生の心の琴線に触れたのはこのネズミだろう。  まぁ嫌味だけで済んだのは不幸中の幸いである。歩いていて膝を机かなんかにぶつけたようなもんやな、と思った。  中学頃までの亜矢なら、先生からこんな言葉を掛けられたらとんでもなく気に病んだことだろう。しかし心の皮膚もだんだんと厚くなってゆくのである。  高校三年の頃には朝、先生が出席を取っている時に廊下に辿り着き、ちょうど自分が呼ばれるのを聞いたら、ラッキーとばかり廊下から応えてにこにこ教室に入って行くくらいにはなっていた。  また、亜矢の通った公立高校は自由な校風で、標準服はあったものの、着て行きたければジーパンやワンピースを着て通ってもOKだったし、特にうるさい規則などはなかった。  亜矢のように、特別に成績が良いわけでも悪いわけでもなく、不良でもなく、スポーツや芸術に秀でているわけでもなく、個性的で目立つところがあるわけでもない生徒は、特に先生から声を掛けられることもなかった。    
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加