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食パンの最後の一切れを牛乳で喉へとへし込みながら慌ただしく立ち上がり、給食を早々に切り上げ、ぼくは凪聖人と行動を共にした。
皆も同じくそれぞれの仲間と組んでの捜索開始だ。
ぼくらは運動場を見て回った。
まずは、隅の方から攻めてみることにして、側溝にはまってはいまいか、校庭横を流れるドブ川に落ちてはないか、と注意深く目を凝らし、いちいち聖人と顔を見合わせては、確認を取りながら足を運ぶ。
しかし、痕跡すらどこにも見い出せない。仕方ないので、今度は、運動場でボール遊びに興じる児童に目を向ける。ボールを取り間違えた可能性に期待し、他クラスの不注意者に着目したのだ。
ボールを求めて隈なく探していたら、校内一のガキ大将の白石君とその同級の者が二人してそれらしきボールで遊ぶ姿を認めた。
早速、ぼくらは事情を話し、ボールを確認させてもらった。と、明らかに行方知れずの我がクラスのボールだと判明したので、そのことを丁寧に説明して持ち去ろうとしたら、いきなり奪い取られ、
「お前らのだとする証拠は?」
と、ぼくより背の低い白石君は眼下からぼくを見上げながら難癖をつけて返してはくれない。
そのボールには、かなり薄れてしまったけれど、青いマジックで『6─1』と記されていた。それを指摘して、彼もその箇所に目を落としたところを、すかさずぼくが引っさらった。
すると、また彼が奪おうとしたので、ぼくは激しく抵抗してボールを抱きしめたら、左の眼窩に重い衝撃が走った。
一瞬の出来事に面食らってたじろいだ隙に、ボールはぼくの手を抜けて再び彼の手中にまんまとおさまった。そして彼らは何食わぬ顔でまたボール遊びに興じるのだった。
ぼくは白石君の右の拳が当たった個所を掌で覆いながら茫然自失でその光景を眺めた。
「行こうよ。所在だけでも一応はつかんだんだし……あとの始末は、クラス全員で探るよう皆に提示しよう」
聖人が傍に来て、ぼくを促す。
ぼくらは結局、ボールは奪われたまま、詮なく教室へ戻る道を辿った。
「腫れてる!」
ぼくのほうを向いたとたん、聖人が悲鳴のように叫んだ。
極限に開かれた彼のまん丸目玉が驚愕を覗かせる。この世の終焉でも垣間見たかのような形相だ。痛みはさほどなかったが、聖人の表情からいかに悲惨な醜態をさらしているかがわかった。
途中、四階へと続く階段の踊り場でぼくは足を止め、鏡を覗く。恐る恐る患部から手を退けると、聖人の指摘通り、左目の上部、眉から瞼を覆うように見事な青アザが、円を描いてべったり張りついていた。
──片目のパンダだ!
ぼくはひとつため息をつくと、また掌をそっと当て、幾分疼き出したパンダ目を隠しながら、鏡の前を離れ、殴られたことを聖人に口止めして教室へ向かった。皆に無様な姿はさらしたくはない。
教室のドアの前まで来ると、さっきの経緯の説明を聖人に頼んで、ドアを開け、昼休み中もずっと教室で待機してくれていた教卓に両肘をついて座す担任の傍を避け、遠回りでそそくさと自分の席へ着いた。
校庭を望む窓際の最後部の席ゆえ、隠れ蓑には好都合であった。幸い、下校まで誰にも気づかれずに済んでひと安心した。
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