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帰宅して玄関をくぐる前、帽子を目深に被り直し、庇で患部を隠しながら何食わぬ顔で母の傍を擦り抜けようとしたら、母はいきなり帽子をはぎ取った。
少々うつむき加減で顔を背けて素通りしようとするぼくの不審な行動を母親特有の敏感なレーダーで察知され、ぼくは敢え無く御用となり、患部をさらけ出す羽目になった。
問いただされ、多くは語りたくはないので、
「ケンカした」
とだけぶっきらぼうに言い放つ。
ぼくの日常はケンカに明け暮れていたため、母も心得たもので、すかさず呆れ顔にて誰にやられたかを聞いてきた。正直に相手の名を明かしたら、
「相変わらず乱暴ね」
とのひと言と共にパンダ目を調べ始めた。それで、ぼくは、
「なんともないよ」
と母の手を払うと、頭を軽く一発叩かれた。
白石君は幼稚園時分から既に手のつけられぬほどのガキ大将で、彼との小競り合いは日常茶飯事だったものだから、因縁の相手との対決を、母もケンカ両成敗との認識で大袈裟に騒ぎ立てもせずおさめてくれたのだ。
母の尋問を無事かいくぐったぼくは、手鏡を母の鏡台の引き出しから拝借し、畳の上に寝そべって患部を映しながら殴られた瞬間を振り返った。
──驚いた!
──いきなりの不意打ちに、唯々驚いた!
咄嗟に目元に手はいったが、痛みは感じず、一瞬起こったことを理解不能なまで脳は活動を停止したみたいで、我に返った次の瞬間、驚愕に支配された。怯んだ、というよりも呆然としてどことはなく見とれた、というほうが適切な表現かもしれない。
それ以来、ぼくの心に殴られた事実が重くのしかかり、思考をも塞がれ、一種の憧れめいたざわめきに囚われてしまったのだ。未だかつて湧いたことのない感情が、胸底から煮えたぎったどす黒い塊が、今にも爆発的に膨張して、澄み切った心を闇で覆い尽くす勢いで、ある一つの思いに取り憑かれていった。
「人を支配するには強大な暴力が有効なのだ」
それに気づいた日から、次第に憧れは募り、頼ってみたくてしょうがなくなる。人を傷つけてみたい衝動に駆られ、心はどうしようもなく闇の深みにはまってゆく。
ぼくの感情の昂りは、おさまるどころか日増しに強くなり、暴力の信奉者へと自らを祭り上げていったのだ。
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